ここはどこだろう…真っ白い部屋、天井のLED、壁もベッドもみんな白い部屋に私はいた。恰好は白いシーツを頭の出るところだけちょん切ってある膝くらいまでのかぶりもの―――そう、てるてる坊主のような布を頭からかぶっているだけだ。部屋は空調が行き届いているのか圧迫感はまるでなく快適だった。しかし普通ならあるはずの窓や出入口が一切ない。どこから入ったのかもいつからいるのかもわからない…。時計もカレンダーもなく、今が一体いつで何時なのかもわからない。

しかしベッドはある。枕もある。満腹感があった。来る日も来る日も食事はないのに満腹なのだ。睡眠の間に何かされている気配も実感もない。ある日を境に疑問を抱かなくなる。体感で1ヶ月くらいだろうか。なにせ時計がないから6ヶ月かも1年かもしれない。あるいは1週間くらいかもしれない。疑問を抱かないから疑うことを忘れた。逆に言えばすべて信じるようになった。

ある日、外から来たと思われる白い覆面のてるてる坊主に警備室のようなところに連れていかれ何やら説明された。全部信じたから内容は覚えていない。変なエレベーターみたいなのに乗って、青いボタンを押すとここに、向こうの白い部屋からは白いボタンを押す、と何やら部下(白いてるてる坊主)に説明している自分がいた。もちろん覚えてはいないが…NPCという名前を使っていた。ゲームではよくあるNPC、ノンプレイヤーキャラクター(Non Player Character)かと心の中で思い少し笑った。


何が起こったのだろう、突然電気が消えた。瞬時に悟る。さっきまで一緒に働いていたはずの「てるてる」が敵であることを。すべてを真実として見ていた実体のない自分が崩れ去っていく感覚―――切れかかったモニターの中にB1F(地下1階)非常口の緑の文字。私は知っていた。そこがB7Fであと7フロアを抜けて出口にたどり着かなければならないこと、自分はもう一人なのだということ、ZNBと呼ばれる意思のない不死の実体(仮にゾンビとしよう)、TNSと呼ばれる仲間の存在(仮に天使としよう)。追いかけてくる力の強い白い布「てるてる」こいつらは全員ゾンビ、水槽に浸かってるヤツとかプールにいるヤツとか基本水のある所にいる。0度を下回っているところもあるがゾンビなので普通に歩き回り、アイツらはジャンプができない。噛みつき攻撃で仲間を増やす。天使は言葉を話す、温泉にいる(熱湯のところもあるが普通に入っている)、羽根があるため多少の高低差なら楽に超えるジャンプ力がある、などと知った顔の人物に無線で話していた……しかし話の途中でゾンビになるのを見てしまう。自分だけかもしれないがゾンビ状態になって体が冷え切る前に温泉に入り天使に触れることで回復する。冷え切ったゾンビは回復させても意味がなく敵になる。感染直後のゾンビはNPCとなり仲間に戻すことができる。天使を連れて熱湯に入ればいい。しかし自分のスペック(性能)では0度以下と熱湯に入ると凍傷や火傷をする。火傷はどの水に入っても治すことはできるがゾンビになってしまう。凍傷は逆に天使のいる温泉に入ること……ここまでの説明がされていたならヤツも自分の意志で治すことができたかもしれない。まったくわからないが温泉は源泉なのか温かい。ここからでは完全に間に合わない。非常電源以外ついていないのでエレベーターが開かないし間に合わない…大切なあの人を見捨てる結果になったことを後悔した。


いつ頭に入れたのかわからない情報を整理して警備室を後にする。うまくかわしてB2Fまで辿り着きそこで出口を間違えたことに気づいた。前門の虎、後門の狼とはよく言ったもので「てるてる」に取り囲まれ左の総指伸筋(手首から肘までの間)を噛まれゾンビと化してしまう。しかしこの階には天使がいない。ゾンビになったのでジャンプができない。つまり階段を登れなくなったのだ。時間にして約10分後にはこのフロアで永遠に彷徨い続けることになってしまう。助けも来ないしもう終わりなんだと。ふと思った………ジャンプはできないけど下には降りれるんじゃないか…と。B3Fのおそらくこの真下に天使のいる温泉があったはず。あそこは温度が高いから火傷になると避けた場所だがここからなら自分の足でも7分あればいけるし、ゾンビだから敵はいないし…のんきに考えていた。甘かった。B3Fは高低差がすさまじく「駆け上がる」ことができないため下または平坦なルートで行くしかない。あとはゾンビプールを通過する方法だが…あそこから出る手段がない…。もう考えている場合じゃない、冷たくなってきた。イチかバチかゾンビプールに入った。あと数分あれば、あとちょっとの時間があれば…もう体の感覚がない。視界が狭くなっていく………足がだんだん重くなっていく………まぶたが重くなっていく………もう終わりかな………思えば短い人生だったな………

………………
…………
……


遠くで誰かが呼んでいる…
……聞き覚えのある声だ……天国きちゃったかな?
…ごめんね、だめだったよ…………

………近くで…耳のあたりがあったかい………膝枕?あれ手足が動くぞ!!……考える前にとび起きた。天使が助けてくれたんだ、瞬時に思った。天使には話は通じるけど自分の意志では助けないはず…なぜだ。答えはもうわかってたんだ。とび起きた瞬間に。こんなに近くにいたのに一番遠い存在になってしまっていたこと、もう一人だなんて思ってしまったこと、涙が出たよ……わんわん泣いた。泣きじゃくった。


……あいつだ。ここに初めて誘った、あいつだよ。本当の意味での天使に、天使になってたんだ。あったんだよ、天使になる方法が。自分には知らされていなかった………忘れていた。本当に誰かを助けたいと思う気持ち。それだけあればゾンビも「てるてる」もNPCもみんな天使になれるんだ。1回だけなんだけどね。本心で願ってくれたあの心優しき知人に。感謝した。本当に出逢えたんだ。

そこから先はハッピーエンドしか考えなかった。敵をかわして、ちょっとの高低差なんか苦とも思わないで、時には自分が天使を抱えて走った。見つけた、非常口の緑の文字。そこから先は300メートルくらいのスロープ状の弱い傾斜を上がっていった。少し離れた小屋のドアを押し開ける。外はもう朝のようで肌寒いくらいの気候で朝露が光っていたのを覚えている。柵を出て振り返って確認した。現実に戻った実感を得るために。

本当は最初からわかってたんだ。
ここが廃れた精神病院なのだということを…


後日、といっても10年くらい後のことなんだけどそこに行ってみたんだ。車をとばしてもらってね。なかったよ。文献も地図も何にものこってない。出てきた小屋のドアも開けてもらったけどスロープなんかなかったし地下に続くエレベーターもなかった。しかもそこは水道の管理室だった。さすがに中までは入れてもらえなかったけどね。現実と夢の境目なんてあってないようなもんだと思うんだ。実体験なのか夢の話なのかは分からないってことだね!