1/700 アメリカ海軍浮き砲台

フルトン

 

制作:令和2年1月頃

使用キット:フルスクラッチ

 

1712年、イギリスの発明家であるトマス・ニューコメンは鉱山の排水用ポンプの動力として実用に足る最初の蒸気機関を製作しました。

続く1769年にはジェームズ・ワットがニューコメンの蒸気機関の欠点であった燃料効率の悪さを改良した新方式の蒸気機関を開発します。

 

1800年にワットの蒸気機関の特許が失効すると、後に蒸気機関車を発明するイギリス人技術者リチャード・トレヴィシックらにより高圧蒸気機関が開発されます。

 

これら偉人たちにより磨き上げられた蒸気機関が文字通り原動力となり、紡績業が発展しイギリスは産業革命へと突き進んでいくこととなります。

 

 

フルトンはアメリカ人の発明家であるロバート・フルトンにより設計され、1816年にニューヨークのアダム&ノアブラウン造船所で建造されました。

この艦は世界で最初に建造された蒸気機関を搭載した軍艦であり、双胴の船体中央に外輪を配した革新的なデザインが特徴的でした。

 

建造当初は正式な名前が無く、ロバート・フルトンはデモロゴス命名しましたが、建造途中である1815年2月に彼が亡くなった後、船は設計者の名を取りフルトンと命名されました。

 

革新的な設計を施されたエポックメイキングな船でしたが、就役時には投入予定であった米英戦争は既に終結しており、活躍の機会は得られませんでした。

1816年9月に新大統領となったジェームズ・モンローを乗せてニューヨーク港内を案内したのが、フルトンが行った唯一の任務でした。

 

1821年には艤装が撤去されて予備艦となり、1825年以降はブルックリン海軍工廠の浮き兵舎として使用されました。

1829年6月4日、停泊中に火薬が突如爆発し大破沈没しました。

 

 

 

 

 

 

2020年2月末に行われたミンダナオ会展示会用に製作した作品です。

エポックメイキングな船ですが、知名度も無くかなり地味な見た目です…

 

 

1/700 日本海軍特設潜水母艦

日枝丸

 

制作:平成27年6月頃

使用キット:ハセガワ

 

日枝丸は日本郵船の貨客船として昭和5年2月12日に横浜船渠にて建造されました。

姉妹船に氷川丸、平安丸があり、船名は東京都千代田区にある日枝神社に由来します。

 

竣工後は日本の横浜とアメリカのシアトルを結ぶシアトル航路に就航し、日本からは生糸や日本茶、綿製品や玩具などを運び、アメリカからは銅や亜鉛,ニッケルなどの金属類や牛皮、航空機用特殊木材などを運搬しました。

 

太平洋戦争開戦目前の昭和16年11月26日に海軍に徴用された日枝丸はマーシャル諸島のクェゼリン島をはじめ、フィリピンのダバオやインドネシアのタラカンなど、南方方面への軍需物資輸送に従事しました。

 

昭和17年4月に特設潜水母艦へと改装された日枝丸は第六艦隊隷下の第八潜水戦隊の母艦となりました。

改装後はクェゼリン島やトラック島、インド洋方面へ進出し潜水艦隊への補給任務に従事しますが、昭和18年10月1日付で特設潜水母艦の任務を解かれ特設運送船(雑用船)となります。

 

同年11月9日、トラック島よりニューブリテン島のラバウルへ陸軍の第17師団を輸送した日枝丸はトラック島に向けて出港しましたが、11月17日にアメリカ海軍の潜水艦ドラムより発射された魚雷1本が命中し大破、約4時間後に沈没しました。

 

 

 

 

 

 

平成27年ごろに雑誌の作例用に製作した作品です。

ハセガワの氷川丸級のキットは1979年に発売されたベテランキットですが、現在の目で見てもかなり良く出来た素晴らしい製品で、アタシの大好きなキットのひとつです。

 

 

 

1/700 オスマン帝国海軍装甲艦

アーサール・テヴフィク

 

制作:令和2年8月頃

使用キット:フルスクラッチ

 

アーサール・テヴフィクは1870年にフランスのFCM造船所で建造されました。

艦名は「神の恩恵の印」を意味します。

 

元々はオスマン帝国の属州であったエジプトが発注した「イブラヒミエ」というフリゲート艦でしたが、エジプトが副王領(エジプト・ヘディーヴ国)になると政治的な理由により建造途中であった当艦はオスマン帝国へと引き渡されました。

 

オスマン帝国海軍の軍艦として就役したアーサール・テヴフィクは1877年に勃発した露土戦争に従軍し、現グルジアのポティ市に対する艦砲射撃などを行いました。

同年6月にロシア軍の水雷艇による攻撃により損傷を負いました。

 

1900年、老朽化したアーサール・テヴフィクはドイツにて近代化改装を受けますが、財政難により改装費の前払い分の支払いが遅れたために遅々として作業は進まず、1906年にようやく改装が完了し装甲巡洋艦のような姿へと生まれ変わりました。

※この時期のオスマン帝国は極度の財政難にあり、とりわけ海軍の予算は低く抑えられていたために全海軍艦艇が整備不良の状態であり、中でも状態がマシなアーサール・テヴフィクが改装の対象として選ばれた。

 

1912年10月に勃発した第一次バルカン戦争では機関の不調を抱えながらもオスマン帝国艦隊の一隻として出撃しました。

ダーダネルス海峡を封鎖するギリシャ艦隊を撃破するため、10月にエリの海戦が行われましたがギリシャ艦隊に敗北し、続く1913年1月のレムノスの海戦でも敗北したため、以降の活動が大きく制限されることとなりました。

 

2月11日、ブルガリア軍の駐屯する黒海沿岸の小村ポティマ(現ヤルキョイ)を砲撃するために接近するもその途上で座礁しました。

救助艇による懸命の離礁作業が行われましたが、荒天とブルガリア軍からの陸上砲撃により作業は困難を極めたため、全武装と搭載する石炭を回収した後に船体は放棄されました。

 

 

 

 

 

 

令和2年8月頃に製作したまま長らく放置していましたが、この度無事完成させました。

かなりマイナーなオスマン帝国の軍艦ですが、なかでもこの艦は比較的資料に恵まれておりコレクションに加えやすい一隻です。

現在は入手困難ですが、フェアリー企画よりレジンキットも出ていますので、ご興味がある方はぜひ探してみると良いかもしれません。

 

 

1/700 帝政ロシア海軍戦艦

イオアン・ズラトゥースト

 

制作:平成30年9月頃

使用キット:コンブリック

 

イオアン・ズラトゥーストは黒海艦隊向けの新型戦艦として1911年にセヴァストーポリのラーザレフ海軍工廠で建造されました。

艦名はキリスト教の聖人であるヨハネス・クリュソストモス(金口イオアン)に由来します。

 

第一次世界大戦では姉妹艦エフスターフィイを含む僚艦とともに黒海やボスフォラス海峡においてオスマン帝国の封鎖任務に就きました。

 

1914年11月18日、クリミア半島南端のサールィチ岬沖においてドイツ帝国(オスマン帝国)艦隊との間に行われたサールィチ岬の海戦では、自艦よりも遥かに強大であるドイツ海軍の巡洋戦艦ゲーベンを相手に奮闘するも、霧のため艦隊と敵艦との間の距離計算を誤り戦果を挙げることは出来ませんでした。

 

1917年3月8日に二月革命が起こると艦隊はロシア臨時政府の管理下に入れられました。

しかし、次いで発生した十月革命により赤色海軍に接収されましたが、イギリス・フランス連合干渉軍がセヴァストーポリに浸入すると同地にあった艦を接収します。

イオアン・ズラトゥーストも干渉軍による接収を受けますが、戦局の悪化により干渉軍の撤退が決定すると、イギリス軍司令部の命により1919年4月22日から24日にかけて爆破され、その流転の半生に幕を閉じました。

 

 

 

 

 

 

2019年2月末に行われたミンダナオ会展示会用に製作した作品です。

どっしりとした大きな船体ながらもスッキリと纏められたスタイルが印象的な1隻です。

 

 

 

1/700 スペイン海軍装甲巡洋艦

インファンタ・マリア・テレサ

 

制作:平成30年2月頃

使用キット:WSW

 

インファンタ・マリア・テレサはスペイン海軍が最初に国産した装甲巡洋艦で、植民地防衛用の新型装甲艦として1893年にビルバオ海軍工廠で建造されました。

 

1898年4月にアメリカ合衆国との間で発生した米西戦争では、パスクワル・セルベラ提督座上のカリブ海派遣艦隊旗艦として植民地であったキューバの防衛に赴きました。

 

同年5月19日にキューバのサンチャゴ・デ・キューバ港に到着したカリブ海派遣艦隊は、まもなくアメリカ艦隊による閉塞作戦により港口を封鎖されてしまします。

この封鎖を突破するため、スペインーアメリカ両艦隊の間でサンチャゴ・デ・キューバ海戦が発生しました。

 

7月3日の早朝、本国およびキューバ総督からの出撃命令によりサンチャゴ・デ・キューバを出港したスペイン艦隊は9時30分ごろからアメリカ艦隊と砲撃戦を開始し、インファンタ・マリア・テレジアは他艦を逃がすための囮として艦隊の先頭に布陣し行動しました。

このためにアメリカ艦隊からの集中放火を浴びたほか、自艦の5.5インチ砲が腔発を生じ、積載する弾薬にも引火して大破沈没しました。

この戦いによりインファンタ・マリア・テレジアをはじめ、姉妹艦であるビスカヤ、アルミランテ・オケンドも沈没しています。

 

 

 

 

 

 

2018年2月末に行われたミンダナオ会展示会用に製作した作品です。

あまり有名ではない地味な船ですが、その美しいスタイリッシュなデザインやサンチャゴ・デ・キューバ海戦でのエピソードなど、とても好きな艦の一隻です。