「お金は〇〇万ぐらい入るから、兄とわけて。」


私が小学生の時に突然母が言ったことが有りました。
その頃といえば父親の認知症の症状が何かと酷く、荒れてたり、ぼーっとしていたときでした。


なんでそんなこと言うの?とか
なんで今その話?とか

今なら聞いたでしょうけど、当時の私は「ふーん」としか思わず。

「え、なに死ぬの?w」

「そういうわけじゃないけど」

「じゃあそういう話要らんよ。」

「でも、何かあったら困るから一応ね。」

てな感じで直ぐに終わりました。



私が脳腫瘍かもってなったとき、「お母さんもヤブ医者から脳腫瘍って誤診受けたことあるよ!」

と、言ってたのを思い出しました。


「脳腫瘍って言われて死ぬのかーって思ったよ。」

ショックだったね流石に。



と。


帰ってきていきなり遺産の話をしたのはそれっきり。
それからは母が亡くなったらどうなるとかそういう話は一切なくて。

たぶん、その時脳腫瘍と宣告を受けたのかもしれないなと思いました。


あの時どうして不安そうな母に気付けなかったのか。
ふーん。としか思わなかったのか。
まだまだ死について考えてなかったのか。
まさか母がガンにあたるものの宣告を受けたなんてわかるはずもなく。



ただ、不自然な会話だったから今でも光景を覚えています。なんぼ入るかの記憶もありますびっくり





今日はMRIを撮る日で、明日母と結果を聞きます。
その時にでも、あの時のことだけどって聞いてみようと思います。


ふと、思い出して、点と点が繋がると、すっきりというか。母の苦悩を知るというか。


今このブログを読んでくれてる方で一番多いのは闘病されてる方とそのご家族さんだと思いますが、きっと純粋に応援してくれて読んでくださってる方もいると思います。


そしてお子様をお持ちの方が大半だと勝手に思っているのですが、そのお子様は何かを抱える「貴方」の変化に気付くのでしょうか。


私は気付けませんでした。


結局誤診ということもあり、すぐに母がなおったからというのもあると思いますが。


中学生未満のお子様で変化に気付けているなら、凄く察しの良いお子様だと思いますし、逆に全くわかってなさそう。となれば、隠し方が上手いと思います。


私の母は隠し事が上手いです。自分の父、私の祖父が亡くなった時でさえ私の前だけでは泣きませんでした。

「あんたにだけは見せたくない。」

そう言われております口笛

愛猫が亡くなってからも、本当に悲しいの?って思うぐらいケロっとしていて。

私が号泣しすぎたって言うのもあるんですけど滝汗


数日経ってきいたら、実感がないからかなーって。


実母を成人前に亡くした母。妹さんは号泣だったそうですが、母はまるで涙を流さず式を終えたそうです。

けど、後日実感した途端止まらぬ涙。悲しみ。寂しさ。一気に溢れて…


家を出たそうです。


「あの場所にいたらお母さんを思い出しちゃうからねー。逃げるように〇〇県を出て来ちゃったよ。」と。



最近、亡くなった愛猫のトイレを片付けました。

合間合間に「かたさないのー?」ってきいてたんですけど、今はいい。とスルーされてました。

でも部屋の模様替えって事で片付けた時に母がぽつりと

「愛猫がね、亡くなった晩に一生懸命あのトイレに頑張って自分から入ったのさ。二回も。その記憶を消したくなくてねー。なかなか片付けられなかったよ。」って。

ただのめんどくさがりとかじゃなくて、母なりのタイミングなんだなって。


もしも私が死んだらね。って、今私がいうと洒落にならないしガチすぎて逆に言えないけど、その時は思っ切り泣いてほしいな。


「泣けないんじゃなくて、実感がないんだよ。」

母がよくいう言葉。


実感してほしいわけじゃないけど、一気に溢れた時支えてあげられないのって、つらいなあ。