こんにちは。
つらい経験や悲しい経験をすると
脳は心を守るために、
記憶を閉じ込める(忘れる)機能があります。
記憶にアクセスできなくなるので
体験したことが
最初からなかったかのようにもなりますが、
何かがきっかけで思い出すこともあります。
私自身、思い出せないことも多いですが、
それでもふっとした拍子に
思い出すときもあって
落ち込んでしまう日もあります。
けれど、
自分との仲直りが進んで、
一人であっても独りじゃないと思える心や
自分で自分を安心させてあげる心や
落ち込む自分にも
優しい気持ちで接する心が育ってきて、
「あのとき、心を守ってくれてありがとう」
そんな風に過去の自分に
感謝できるまでになりました。
おととい、ある花の香りをきっかけに
思い出した記憶に“続き”があることを
新たに思い出したので、
この気持ちがまだ温かいうちに、
書き綴っておきたいと思います😌
触れたかった夫が
棺に横たわってる姿は
病院で対面したときより
私の心を深くえぐり冷たくしました。
愛されたい
一緒にいたい
手を繋ぎたい
そう願い続けてきた夫が
もうすぐ火葬される。
永遠にさよならしなければいけない。
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もう何もできない…。
そう思った瞬間、カバンの中から
義兄が買ってきてくれたタバコを
焦りながら取り出しました。
きっと、居ても立っても
居られなかったんでしょうね。
タバコを2本握らせようと、
死後硬直で硬くなった指が曲がるように、と
私の手の体温で温め始めました。
夫の名前を呼び続けながら
「ごめんね」と謝り続けながら
必死にさすって。
心の中は
夫の死を受け入れられず、
死んだなんて嘘でしょ
なんで死んだの
何があったの
置いていかないで…。
静かな車内に
泣きじゃくる声と
葬儀屋さんのすすり泣く声が
響いていました。
ㅤ斎場に到着する最後の信号が青になる直前、
葬儀屋さんの
「あと少しで着きます」
その声に合わせるかのように
硬かった指が曲がって
タバコを握らせることができました。
子どものように
しゃっくりをあげて泣いてたけど
「できた」
握らせることができてホッとしたのか、
「しっかりしなくちゃ」と
気持ちを切り替えたのか、
頬を伝う涙が少し落ち着いていました。
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信号を右折した100mほど先にある斎場。
右折しても速度を上げることなく、
斎場に入るときは、
「いいですか?入りますよ」
エンジンを切ったときも、
「今あるもので持たせられるものはありますか?」
「残りのタバコは入れましたか?」
目と鼻を真っ赤にした葬儀屋さんが
運転席から振り返って私の顔を真っ直ぐ見ながら
聞いてくれたのだけど、
小さくうなずくしかできませんでした。
最後に夫の頬をもう一度撫でたあとに
棺の蓋を閉めてもらい
霊柩車のドアを開けるとき、
荼毘に伏すことへの恐怖から
身体が震えて止まらなかったのだけど、
駐車場に足を下ろした途端
震えが止まりました。
あの瞬間の私は、
強かったんじゃない。
きっと、
心が壊れないように
凍りついていただけだったんだと思います。
長くなったので次に続きます。
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