snowflowerのブログ

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日々想う、雑多の中に見えるもの。

Amebaでブログを始めよう!
久々に開くページに何を書き込むべきかわからないけれど、
もう自分の心を素直に吐露するしか、
あの頃の自分に戻れる方法はないのだろうな、と思って。

だから、久しぶりに徒然なりに書いていこうかと思います。


自分が嫌いになりました。
自分が好きじゃなくなりました。

前だって自分が好きだったわけではなかったのだけど、
自分の可能性とか、自分の感情とか、
自分が心から大切にしているものが、あった。
何が何でも失いたくないものが、あった。

今はそれがなくなってしまいました。
失ってしまいました。

唯一、人と本当に深い部分で分かり合えると
思っていた自分自身が、わからなくなりました。




世の中の多くのことに、無関心になりました。
自分が「生きている」と感じる瞬間が死んでいきました。
心からの感動を感じなくなりました。
寒さに無性に泣きたくなったり、それでも外を歩くのを辞められなくて、
この世にひとりぼっちだと感じて、
そんなときの友達の存在が
一筋の光となって差し込むあの温かさを感じなくて、

ただ感情を失って、ただの、人形になっていく自分がいる。






自分自身で生きていない。
自分自身の唯一、で生きていない。
私としての生き方をしていない。

自分のしたいこと、自分の望むもの全てから目を逸らして
感情押し殺して、それでも上手くやり過ごす術を身に着けて

私、そうやって生きたかったわけではないのに、
いつの間にかそうやって生きちゃって、
それが当たり前になっちゃって、
そんな自分にも違和感わかないぐらいに感覚麻痺しちゃって、



大好きな人たちが認めてくれていたきらりと光るものを
どこかに置いてきてしまいました。

どうやっていきればいいんだろ。
どうすれば戻れるんだろう。
どうすれば進めるんだろう。




わかんないんです。

昨日の日記も書いておこうかな。

5時起床6時から部活。

そして不可率94%という恐るべき講義のテスト。

…を受けずに丸さんと話した。


そのあと、用事すませてから

とびくんの洗濯機を預かって、

ハーゲンダッツなる貴族の食べ物を大量にもらって、

幸せいっぱい(*^O^*)

フィンランド留学たのしんでー!


そのあと読書してから、あっちゃんとレイトショーを見にいきました。

「風立ちぬ」。2回目です。

実は映画を見た後の帰り道が私はすごく苦手なんです。

映画のことについて話して余韻が断片的なものになるのが嫌な一方で、

映画以外の話をするっていうのも変だし…といった具合です。

だけど、この人とだったら一緒にみたい、と思える一人があっちゃんでした。

しかもあっちゃんから誘ってくれた。めちゃくちゃ嬉しかったな。

思ったこと。

睡眠時間が2時間ほどで過ごした一日でした。

朝練もこなしたわりに、それほど肉体的な疲労は感じていなかったです。だけど、丸さんと話してたときに、

「ちゃんと寝てる?疲れてるね。」って言われて驚いた。そんな素振りを見せたつもりなかったし、自分自身疲れてるなんて思ってなかったから。

相手に見えて、自分に見えない自分自身のことって、自分で思っているよりたくさんあるんだな、と感じたことを思い出した。

疲れているねって言われた原因はおそらく、昼間にも夜の鬱の影を引き摺っていたから。丸さんと会うとき、私はいつも笑顔でいれるように心がけてた、というか、丸さんと会えるってことはすごいパワーもらうし嬉しいことだったから、自然と笑顔になれるし、自分の心の明るい部分ばかりをみせてきたからっていうのもあるんだろうな。

思えば、丸さんの前であんなにゆらゆらしてる自分を見せたのは初めてかも。

この前人との距離の置き方について話していたとき、私の距離の取り方も不思議だといわれた。すごく近くにひょいっとくるけれど、すごく遠くにいるようにも思えるって。自分自身でもそうだろうなー、って思う。

初対面の人でもあまり緊張せず、たいていの人と仲良く話せる。一方で、それ以上にはあんまりいかない。何回か会っても、初対面の人と同じ接し方。近いけど、遠い。

自分でもなんでかわからなかったけれど、昼モードの自分と夜モードの自分と考えると辻褄があうかも。

昼モードは心の陽の部分で、明るく素直でいられる。いろんなこと吸収したい、と思うし、人のことが大好きで、いろんな人のいいところ見つけだしたり、幸せをわけあったりしたい、と思ってる。どんなことでも受け入れる、マインドオープンの状態。

夜モードは心の陰の部分で、疑問や矛盾と葛藤している。人が内包する矛盾について、自分たちが生きている意味、幸せと感じること、何が正しくて間違っているのか、をとりとめもなく考えている。真に正しいもののみを求める、マインドクローズ状態。

この陰の部分が混沌としすぎてて、困ってる。とてもじゃないけど人に見せられない。けど、垣間見えてしまう。し、自分自身ここがはっきりしないと、満足のいく人生が送れないと思っている。から、切り離すことができない。

もう少しこの部分に対する自分なりの解答を見つけていけたら、変わるのかもしれないね。

もしくは、この陽と陰の部分の間を少しずつ埋めていって、うまく融合できるようになったら、魅力的になるかな。

陽と陰の行き来ができずに困っているからね。

それでは今日はここらへんで。

今日は5時起床。

6時に家を出て畑に向かいました。そうです、今日は畑当番なのです。

北海道で土地をお借りして農業してます。無農薬栽培。

このことについてもまた書くかな。


7時30分に畑を出たのだけど、帰りにエンスト。びっくり。

MTGに間に合わず家に直帰。


9時~11時まで昼寝。もはや朝寝。

お布団干したから、ほわほわぽかぽかで極上天国です。


12時から大学に行って、事務手続きしたり本借りたり、友達と会ったり…

一度家に戻った後、図書館に再び。

布施くんに呼ばれたのです。話を聞くと、なんでも

「食の観光大使は誰だ?!選手権」に出てほしいとのこと。

北大マルシェの企画の一部で、

如何に美味しく食べ、その美味しさを伝えれるか、

を競うらしい()

そんなオファーがくるだなんて思ってなかったから、

話聞いて爆笑した。

うん、おもしろそー。

前向きに考えよう。



そのあとはトレーニングセンターへ筋トレをしにいった。

ここでまさかのイレインとの再会。

相変わらずのイレインに安心。

イレインは交換留学生で去年の9月から札幌に来ているアメリカ人です。

こっちに到着したときに、一緒に住居案内転居届したり街ふらふらしたり、

wifi契約しにいってヨドバシ店員と大喧嘩したりした友達。あれは壮絶な日々だった。

日本語うまくなってたなぁ。そして私は英会話能力落ちたなぁ。


チームメイトと筋トレしにきたんだけど、イレインがものすごい話かけてくれて、

チームメイトが困っていた。もっとうまいこと仲介すればよかったな。

イレイン筋力あるから、一緒にトレーニングしたらかなり面白いと思うんだよね。


8月末で故郷ハワイに帰国するみたい。あっという間の一年だね。

その前にごはん行こうと約束しました。なにかプレゼントしよー。

来年卒業したらまた北海道に就職で戻ってくるつもりみたいだから、

ずっとさよならではないね。もともと日本で働く気なくて、物価高いとか、

服のサイズ合わない、とか、たくさんのギャップに苦悩してた中で、

そんなふうに思える1年の留学となって、本当によかったな、と思う。

うちにいろんな荷物置いてくみたい()またpick upしに札幌帰ってくるの楽しみにしてる^^


そういえばtoeicを受けたことないから、受けてみよっかな、なんて気になりました。

購買でたまたまtoeicのチラシを目にしたのです。その日のうちに

イレインにあって自分の英語能力の低下をまざまざと感じたから、本当にいい機会かも。

夏休みに文法勉強しなおして、受験しよう。

去年はtoeflの勉強ばっかしてたから、違う視点から英語に取り組むいい機会ってことで。

800とります。宣言。


今日感じたこと。

イレインと話していて、イレインは大学後院には行かず、北海道に戻って英会話教室でもする

って言っていたことに少なからず衝撃をうけたんだよね。

それは、イレインがアメリカのウィスコンシン州立大学というそこそこハイレベルな大学に

属して、日米学生会議?に参加したり、サックスの講演で日本きたり、意識が高い学生だ、と思っていたから。

そのイレインが、日本の札幌で英会話教室に就職ですと???と思ったのです。


話聞くと、イレインの選考は院にいくと就職先がない、キャリアウーマンになるにしても、大学出てすぐにっていうのはつまんない。やるなら、2・3年遊んで彼氏でも作ってからかな、とのこと。

衝撃。


発想がfreeだよね。日本人みたいに、大学は4年で卒業して、就職するなら3年に就活して、

大学出たら働くの当然。みたいな縛りがない。「これが成功例です」的観念がない。

人生の何に重きをおくか。を自分で判断して自分の思う通りに生きている。


私の所属する学科は留年率がかなり高い学科でして、入って衝撃を受けました。うん。

2割くらいの人留年してないかな?

私のなかでも大学は4年ででるもんだと思っていたし、休学するなら留学するとか、糧になります!的な大きな理由付けが必要だと思っていたんだよね。100人中100人が認めてくれるような。圧倒的理由。

だけど、ここの人たちはもっとfreeだった。周りの視点からの是非なんて関係なくて、自分との相談。何を求めて、何に迷って、何に向かっていきたいのか。価値判断の基準は自分の中にある。価値判断の材料も自分の中にある。こうゆうもんだ、で進むんじゃなくて、こういきたいんだ、と進んでいく。そんな姿勢、すごく好きです。

ここ最近は私もかなりfreeになれたな、と思う。

国家公務員試験総合職に合格して、ひとつわかりやすい道筋が見えたとき、その道を進むことが世間でいう「成功例」に当てはまるのだろうな、と思った。だから、みんなに当然のように、その道を進むと思われた。

自分の理念にとってもその職業はとても魅力的だけど、あくまでそれは選択肢の一つであって、その道を歩むことを決断することとは別物だよね。なので、聞かれても、「まだわかんないな。」と答えています。反感買うことも多いけれどね。そうするべきっていうべき論は私にとってはあまり意味をなさない。そのべきは、誰にとって?

昔の私だったら、国家公務員という選択をしていただろうな、と思う。大学入って毎年毎年大きな変化が自分の中に生じています。自分という人間を形成するうえで大切な日々を過ごしているなと感じる毎日です。

今通っている大学を選択してよかったと心から思えるようになったのは、ある人との出会いからなんです。

その人と出会って、大学生活の舵が大きくきられました。それから、いろんな風に吹かれてここまできています。

その人と最近久々に話をして、「国家公務員になるの?」って聞かれて、まだ決めてない、ならないんじゃないかな、少なくとも今の段階では、って答えをしたら、よかった、と言われたのですよ。びっくり。そしてさすがだなぁ、と想った。

きっと彼ほど素直に私をみて評価を与えてくれる人には、ほとんど出会えないだろうな、と思う。

落ち着いて考えてみれば、小さい頃海外に住んでいたこともあり、ずっと海外志向が強かった私が、いきなり国家公務員とか言い出して、え?ってならない方が不思議だよね。どしたの、いきなり。ってなるに決まってる。

なのに、ほとんどの人は合格した途端わーわー騒いで将来の官僚か!みたいになって。

そんな中で、いやいや、ちょっとまてよ、と言ってくれる人が側にいてくれるのは、とても幸せなことだと思います。ありがとう。

まだまだ書きたいことたくさんあるけど、今日はここまでにしておこう。

習慣づけると決めたことをふたつ。

・毎日面白かったことを見つけて、エピソードして話すこと。

・相手の話の中で褒めるべきところを見つけて、どんどん褒めること。

丸さんの影響大だな()尊敬してるし、彼みたいになりたいと思うんだよ。

私なりにね。

それではおやすみなさい。