スコーンタイム!

わたしはスコーンと紅茶がとても好きなのです。

クロテッドクリームか生クリームが無いのが、残念。

(アフタヌーンティー、めちゃくちゃ好きです。)


午後休をとってぐっすり眠り、真夜中に起きました。

おなかがすいて、サラダも作りました。

雨はあいかわらず降り続いていて(けれども雨もけっこう好きです)、ネットを見れば凄惨な事件のニュース。

また、短絡的な暴力事件が起きたようですね……。


わたしはそういう事件を、他人事とは思えません。

まかり間違えばわたし自身も、人に迷惑をかけるような何かをしてしまっていたのではないか……と感じるからだと思います。

(ひどい事件を起こす人全員がそうだとは言いませんが)そういうことをする人の中には、

人生の初期段階でつまずいた人も多くいるのではないでしょうか。

始めの頃につまずくと、その後もそれが、なんらかの形で生き方に影響を及ぼします。

心を病んだり、思考や行動が刹那的になったり。

わたしには、見ず知らずの他者への暴力に向かう傾向はありませんでしたが、

長い間情緒が安定せず、まともに働くことができない時期がありました。

働けるようになってからも、すぐにやめてしまったり、人とのつながりを切ったりしました。

せっかく知り合えた大切な人との関係をわざと切ることは、自分自身を傷つけることでもあると思いますから、

これは、ある種の自傷行為だと言えるのではないでしょうか。

「なぜ?」と思われてしまいそうですが、「自分を傷つけたい」という無意識の衝動を持っている人が、

(わたしを含め)実は大勢いるのではないかと思います。


その衝動は、単にその人自身を傷つけるだけでなく、時に事件という形で他者を巻き込みます。

衝動の根っこにあるものは、『自分の人生などどうでもいい』『自分はどうせ幸せにはなれない』

『自分には価値がない』『自分はどうせ愛されない』……という、間違った思い込み。

その人が人生のどこか(おそらく初期)に、身近な大人から刷り込まれた思い込みだと思います。


世の中を平和にするためには、事件を起こした人を単に恐れ、裁いて終わりではなく、

その人がなぜそんなことをしたのかを生育環境から考えてみること。

ひとりの子どもをきちんと育てること。

こういうことがとても大切なのではないかと思います、が……。

むずかしいですね。

育てられた側からすると、親は『きちんと』育てているつもりでも、

子どもにとっては無視であり暴力であり、圧制であったりもするわけで……。

育てたこともない人間が何を言うか、とお叱りを受けてしまいそうですが、思うところを書いてみました。


via 手紙屋ヨルノマチ
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