ずっと前から私は早く年齢を重ねたいと思っていました。

20代には「早く三十路になりたい」。

30代になれば「早く四十路になりたい」。

40代になれば「早く五十路に」。

ずっとそう思ってきました。


ここ最近の療養生活では病院通いが多く、年齢を記入することもあるので実年齢を把握してはいますが、以前はきりのいい数字の年齢で考えていました。

30歳の時は実年齢通り30歳ですが、31歳からは35歳のつもりで過ごし、36歳になればもう40歳だ、というように。


ただ、念願の50歳になってみると、今までのように「早く還暦に」とは思えない自分がいます。

今の自分が、若かりし頃になりたかった自分の姿とは全く違うからです。

もっと知的で思慮深くありたかったのに、どこで間違えてしまったのか。

人格も難ありで。

不遇だったこともあり、結構ひねくれてしまったなぁと後悔することしきりです。


思い出話ばかりするのは年を取った証拠かもしれませんが、どうかご容赦下さい。


2000年代にテレビ放送された「オーラの泉」という番組があり、初めて江原啓之さんという方を知りました。

(失礼ながらそれまでは存じ上げませんでした)

番組の中で一般の方からのお悩み相談のコーナーがあり、その中で「周りにロクな人がいない」という女性がいらして。

かつて嫌がらせを受け続け、気の合う友達だと思っていた人に陰口を叩かれたり裏切られたりもした不遇な学生時代に、まさに自分もそう思っていたなぁ、自分と同じ思いの方がいるんだ、と我が事のように視ていたのですが。

江原さんがその方に言った言葉は、とても忘れられません。


「類は友を呼ぶ、と言うでしょう?

なぜ貴女の周りにロクな人がいないのか。

それはね、貴女がロクでもないからですよ。」


あまりにショックで、呼吸が止まりました。

あの衝撃は未だに忘れられない、ある意味トラウマです。

その反面、「自分がロクでもないならしょうがない」と諦めの気持ちにもなりました。

私の人生、どんなに努力したって所詮不遇なんだな、と。


当時は激務で体を壊し、心身共に病んでいた頃。

暗く沈んだ毎日を過ごしていました。

そのうち少しずつ体調が回復してくると、心持ちも上向いてきて「このままではいけないな」と。

自分にはレベルが高く気後れするような場面に勇気を持って飛び込んで、ロクでもない人は少なくなっていった気がします。

10代・20代の暗黒の日々が、30代からは少しずつ好転していったような。


件の江原さんの言葉も、今にして思えば発破をかける意味での叱咤激励だったのかなと思います。

ただ、受け取る側に余裕がなく追い詰められていると、とてもそうは思えません。

時が経ち、落ち着いて思い返せるようになった今でも、トラウマからは抜けられずにいます。

コロナ禍になる前から自主自粛(療養)中だったので、外出の機会も減り、人と会うことも激減しました。

人付き合いのデトックスにはなったかもしれません。

これから改めて関係性を築く時は、ロクでもない人たちが近くに来ない私になっていてほしいと願うばかりです。



それまで、また。