主人にたまらなく会いたくて、ブログを最初から全部読み返しました。

一昨年の末に望みをかけて開腹手術をしましたが、転移した肝臓がんが検査ではわからなかったのですが、分散し、リンパにまで及んでおりオペ続行不可能、余命半年から1年と担当の先生に説明を受けました。私一人で。

先生に余命のことだけは主人には言わないで欲しいとお願いしました。

主人が旅立ってからずっとそれがいい選択だったのかどうか悩み続けてきました。

答えは出ませんいまだに。

最後の投稿記事に、半年でここまで成長するとは、という言葉が引っ掛かっています。(この投稿の約2週間後、7月30日19:51旅立ちました。)


わかっていたらもっとやりたいことができただろうか?

私が知らせない選択をしたのは、死にたいする怖さを主人が持っていたから。ブログにもそういった記述があります。

期限付きの日々を送らせるのが嫌だった。

それはあくまでも私の考えであって、実際に主人はどうだったのだろう。

答えが見つからないまま、毎日仏壇に向かって、淳ちゃんごめんねと話続けています。

結婚して1年経った記念日に岩手の主人のお墓に行ってきました。いつもここに(うちに)いてくれてると思っていましたが、いざ現地に行ってみると離れちゃったんだなって。

主人と過ごした日々がどんどん遠くなっていくのが悲しい。

私は一緒にいられる時間が迫っているのを知っていたけれど、奇跡を願っていた。

最後の1ヶ月は病院と家で離れてしまったので、一緒にいられる数時間がものすごく大切だった。

旅立つまでの5日間は病室で一緒に過ごせたけれど、ただただ夢中で。

なにもしてあげられなくてごめんなさい、と謝ることしかできません。

最後に、ありがとう、と言ってくれた主人。

素直にこの言葉を受け取っていいのでしょうか?

私が旅立って主人に会えたとき、お互いにどんな言葉を掛け合うのだろう?