君の帰る場所【登場人物】
主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。
金銭に異様なまでの執着心を持つ。
暴力団員:石倉義光【いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。
征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。
ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。
ちふゆの弟・小嶋 春斗【こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。
征史郎を極端に嫌う。
ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。
ちふゆの父・小嶋 一秋【こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。
子供達を捨てて蒸発する。
第十五話 ~真に強き者~
征史郎が百合香と金原が失踪した事を知ったのは、
夕夏の退院手続きを済ませ事務所に戻ってからだった。
石倉が険しい顔で、ソープランドの店長から聞いた事を伝える。
百合香の思ってもいなかった裏切りにも関わらず、
やけに平然としている征史郎に対して、石倉は疑問を抱いた。
石倉「 やけにあっけらかんとしてやがるな。てめえの女ぁ、奪られて腹が立たねえのか? 」
くわえていたタバコを指でつまみ、タバコで征史郎の面を指した。
征史郎は少しの間を置いた後、軽く微笑んで返した。
征史郎「 いや、どうでもいいす。
女なんて。
次のネタはもう、用意してありますし・・・ 」
石倉は呆れたとも感心するとも取れる声を上げた。
石倉「 ほえー!
・・・お前も変わったやつだぁなぁ・・・・・・・。
オレだったら相手の野郎、地の果てまでも追い掛け回してやるんだけどな・・・。
おおっ、そんなことより小嶋の件だけどよ。
子供たちの面倒見られないから施設に入れるっつってるんだけど、
あまりきっちりとした手続きが要らないとこがいいみてえでな。
何せアイツ、
過去に子供を施設に入れちゃあ引き取ったりして、国や役所の信用が全く無いらしい。
比較的、規則がゆるめで融通が利きやすいところ・・・それに割と近場の方がいいなあ。
お前さん、どっかいいとこ知らねえか? 」
石倉は何とも困ったような顔で、泣き疲れて眠る春斗を大事そうに抱きかかえるちふゆに視線を向けた。
ちふゆは征史郎の車で静かに座ってうつむいたままじっと待っている。
その姿は疲労を癒しているようにも見えた。
征史郎「 ・・・・・・いいとこかどうかはわからないすけど、
一応、名ばかりの規則はあるが職員どもに金でも握らせとけば何でも協力してくれるところ
ならあります。
体罰やなんかでよくよく問題になってるところですけど 」
石倉「 そうか・・・
小嶋の件は長丁場になると思うから、少々難アリでも文句は言えねえなぁ。
じゃあ悪いけどよ。
これから小嶋と子供らとそこ行って手続きするの見届けてきてくんねえか?
小嶋はその後開放してもいいからよ。 」
征史郎「 ・・・石倉さんはどうするんすか? 」
石倉は自らの発言に笑いながら、少しおどけるように言い放った。
石倉「 おーおれかあ?
俺ぁこれからちょっと組同士の野暮用でなぁ。
これだから中間管理職ってやつぁいけねえな~。
まさに貧乏暇なしってな。
・・・ヘタしたらヘタする仕事が残っててな。
今抜き差しならねえ状態でよぉ、ちょっと手ぇ離せねえんだ 」
征史郎は石倉の表情から、一寸の緊迫感を読み取った。
征史郎「 オレ、急いで戻ります。
小嶋のガキの件が片付いたら、オレも連れてってください 」
石倉は驚いてすぐに笑顔で交わした後、征史郎に向けて言った。
石倉「 ・・・いや。お前さんはダメだ。別の仕事に行け 」
征史郎は石倉に近づき、もう一度言う。
征史郎「 ・・・必ず石倉さんの役に立ってみせます。 」
石倉は征史郎の右頬を左の手の甲で打った。
皮膚と皮膚とがぶつかる鈍い音が響き渡って、ちふゆは少し離れた車内から咄嗟に二人を見た。
征史郎は、乱れた前髪の間から石倉をじっと見つめたまま目をそらさなかった。
征史郎「 ・・・俺には、極道になってやらなきゃいけないことがあるんです。
いまだに組長に会って貰えないのは、俺に実績が足りないからなんじゃないんすか?
組には入れるならはなんでもします!指だって詰めてもいい。
金だろうが誰かのタマだろうが、必要なものは何だってここに持ってきます。
だからどうか、お願いします!! 」
※タマ=命のこと
征史郎は土下座をした。
石倉は目を細め、上着の中から拳銃を見せたかと思うと征史郎に突きつけた。
征史郎「 ・・・・・・・! 」
黒く禍々しい物が征史郎の死角に忍び込む。
石倉「 おい・・・
勘違いするんじゃねえぞ・・・?
金積んだら、肝がデカければ誰でもなれるもんじゃねえぞ、極道ってのはよ 」
征史郎は鼓動が早まって行くのがわかった。
額の辺りからひんやりとしたものが滲んでくる。
征史郎のみぞおちにすんなりと食い込む拳銃の先に、
石倉の凄まじい気迫と魂が込められていることを肉体全体で、意識の奥のさらにまた深い部分で理解した。
征史郎「 ・・・なんで・・・すか?
なんで・・・ダメなんですか?!
命なんて惜しくない・・・
もとからこんな命だ・・・いつだって覚悟は出来てるのに・・・・・・ 」
一瞬の戸惑いはあったものの、征史郎もまた一歩も譲らなかった。
むしろその眼光は燻し銀のように鈍く、光り輝いていた。
ここで撃たれて死んでしまったとしても、何の未練も執念も無い。
本気でそう思っていた。
自分の命の重さは自分が決めるものだと、征史郎は常に考えてきた。
しばし二人が見詰め合う。
お互いがお互いの瞳の奥に入り込み、その心情を、魂を、一つ一つ探り合うかのように。
征史郎の瞳には執念が。
石倉の瞳には憐憫が宿っていた。
石倉はふっと鼻で笑って、征史郎の脇から銃を離してすぐさま上着の内側にしまい込んだ。
後味の悪そうに辺りを見ましながら、石倉は少し微笑んで上着の乱れを直した。
石倉「 どうやらお前、俺が思っている以上にバカみてえだなぁ。
どういう縁なんだか、俺の若い頃にそっくりだ。
こりゃあ、俺もある人からの受け売りなんだがな。
ヤクザの世界ってのは、
お前ら若いチンピラみてえに無鉄砲で恐怖心の無いヤツが行けば、一瞬で散るんだ。
それはただの犬死にだ。
それがカッコいいとでも思ってんのか?
第一、どんな事情があるのかは知らねえが、戦争はお前の望みを果たす機会と場所じゃねえ
ぞ。
組の為・組長の為、仲間の為。確かにそういう兵隊は必要だ。とてつもない戦力になる。
だが戦争ってのは、てめえの大事な人間の為にちゃんと帰る場所がある者が戦う方がいいん
だ。
守る者がいる。
たったそれだけで、そういう野郎の方が比べ物にならねえ程、強い。 」
石倉の目にわからないように、征史郎は肩をすくめ少しだけ心を軽くした。
征史郎「 ・・・・・・ 」
石倉「 ・・・実を言うとなぁ、オヤジの指示なんだ。
お前を正式な組員にもせず騙し騙しでいたのも、連れていけないと言うのも。
だからお前がどれだけ足掻こうと、文句言おうと、こればっかりはどうにもならねんだなぁ 」
征史郎は妙な顔で眉をひそめた。
征史郎「 な・・・どういうことすか。
上は・・・組長は俺を何で・・・ 」
石倉は征史郎の顔をまじまじと見つめ、何かと闘っているかのように何かを言いかけてはまた黙る。
確かに、組長に会いたいと口に出す度に、石倉には何度もはぐらかされてきた。
組の門の前でずっと土下座をし、
組長の出入りを狙って面会を懇願した時、数時間立ち上がれないほどに殴り倒してきたのもまた、この石倉だった。
征史郎の心に不信感が募る。
石倉「 今はまだ時じゃねえということだ。
その時がきたら間違いなく嫌でもお前は理解することになる。
今は黙って組長の命令に従え。いいな? 」
そう言って石倉は慌しく自分の車に乗り込み、征史郎の視界から去って行った。
征史郎は釈然としない気持ちのまま、
石倉に言われたとおり小嶋とちふゆと春斗と夕夏を乗せ、ある養護施設に向かった。
~第十六話へ続く~