癌になったときに、どの治療がどれぐらいの副作用があり、どれぐらいの延命率があるのか。
それがあまり良い成績でなくても、一年でも長く生活できればという思いで皆治療しているのか。
そうではなく、ほとんどの人が完治を夢見ての治療だと思う。
でも現実には5年生存率の%は癌の種類によっては20%をきっているものもある。
5年どころか治療をしながらも進行してしまい、治療途中で力尽きる人もいる。
癌全てが完治を目指せないわけではなく、治療をすれば10年以上の生存も目指せることも多くなってきている。
しかし全てが完治するわけではない。
治療を受けるか受けないか。
どのように自分の病気を考えるかだと思う。
看護師仲間でも、同じく癌の親に対し、手術や化学療法を積極的にすすめ、家族全員でそれを支えた人もいる。
でもそうしなかった人もいる。
そうしなかった看護師を医療者なのに親を見捨てたように言う人がいる。
実際私も親戚にそういわれたから。
でも治療を積極的に行うことが全てではないと私は思う。
父の癌を知ったときに、頭に浮かんだのは以前の担当患者さん。
部位的に予後のあまりよくない部位の腫瘍がみつかり、悪性度が高く抗癌剤治療は成績の悪い臓器であったため、手術を勧めることとなった。
だが本人がその数年前に心臓を手術し、もうこれ以上メスを入れたくないということを主治医も知っていたので本人に隠さず全て話した。
もちろん治療した場合のおおよその再発の可能性や、治療しなかったことの予後の目安について全て。
その方は、治療しなくても2年ぐらいあると聞き、その間病院に縛られず、症状のないうちに好きなことをしてゆきたいと何もしないことを選ばれた。
そして主治医によく言ってくれたと感謝していた。
自分が選択できることは、とてもうれしかったと退院まで繰り返し話していた。
だから父と話し合った。
手術をした場合、その後のADL。
特に食事がどうなるか。
縫合不全が起きたとき、入院は数ヶ月にもなること。
もし手術をしなかったとき、最後はどんなことが予測されて、そのときどうしたいのか。
父の希望は「食べたい。そして元気なうちには家にいたい」。
もともと肝硬変で10年といわれたところを10年超えたというのでもしかして踏ん切りがついていたのかもしれない。
最後の場面となったときの本人の希望は「苦しかったら眠らせてと医師に言って」だった。
実際の最後は鎮静を使わずに亡くなったが、もし癌の末期の苦しさや痛みであれば麻薬や鎮静剤をどんどん使って欲しいという希望だった。
治療は誰のためなのかということも、最近良く考える。
「自分は治療をしたくない。でも家族がすすめるから来た」という人は意外と多い。
自分が患者側の立場になったときに、あらためて医師からの情報というものは、一面しか言われていないことが多いことがよくわかった。
特に外科のIC。
手術したときの成功率と合併所しか話さない。
その後の再発率などは全く説明がない。
それは内科の医師が行うことなのか・・・。
患者が自分達で情報を集めなくてはいけない時代にますますなっていくのかもしれない。