娘のハル(仮名)が、自分のおやつを食べていた。
弟のユキ(仮名)は、自分の分のおやつを食べてしまっていたが、ハルのを欲しがった。
ハルはあげられなかった。
私は特に「あげなさい」とも言わず放っておいた。
ユキは最近我がままになってきたし、ハルの手にしているものを片っぱしから奪っていく。
ユキにも我慢させることを覚えさせたかったのと、ハルのあげたくない単純な子ども心もわかるから。
しかし、ハルは自分のおやつを全部食べてしまってから、空になった袋を「はい、あげる」とユキに渡した。
私はそれを見て無性に腹が立ち、ハルを引っ叩いた。
「ユキにゴミを食べろって言うのか!それが人のすることか!どこでそんなこと覚えてきた!」・・・その他色んなことを言ったと思う。
・・・が、あまりにも腹が立って何を言ったのかあまり覚えていない。
ハルが泣く。
ユキも泣く。
私も情けなくて涙が出てきた。
それを見ていた夫が言う。「そんなに怒ってもハルは直らない。ハルを否定ばかりしていたら逆効果だ。」
でも私は止まらない。
「これが食べれると思うんなら食べてみろ!」と、お菓子の入っていた袋をハルの口に押し当てた。・・・いや、押し付けた。
夫が怒る。「お前はハルを何だと思ってる!」
・・・そう、私は自分の子どもを何だと思っているのだろうか。
・・人だと思っている。
自分の子どもには、常に人であってほしいと思っている。
人は‘人’が育てるから‘人’でいられるのだ。
人間の遺伝子を持っていても、犬や猫が育てれば‘犬’や‘猫’になってしまう。
自分の子どもには、いつも思いやりを持ち、自分がつらい時でも周りを気づかい、何の報酬も求めず他人に優しくできる、そんな人間になって欲しいと思っていた。そして、そのように育ててきたつもりだった。・・・が、違っていました。
夫が言う。「誰かのせいにするんじゃない。親の責任だ。」
そうです。
私が育てました。
もうすぐ7才になる娘、自分の弟に優しくできない娘に私が育ててしまいました。
何の罪の意識もなく、ただ思いつきでやってしまったことかもしれません。
私は確かに親です。
今日娘を怒った時は、感情的になり、‘親’としてではなかった。
でも、自分の子どものそういう部分を見ると、とても辛いのです。
私は逆に、そういうことに腹が立たない人が不思議でならない。



だし 何しようかな~


