『數百人の聽客は彼處に談じ、此處に話し、滿堂囂々たり。程なく椽側の玻璃障子を開け、一人の少年シヅシヅ聽衆の間を通つて壇上に登れり。』



末廣鐵膓『雪中梅』より



時は明治。国会開設のため弁舌を奮う志士・國野基と、後にその妻となる才媛・富永春の物語。


鐵膓先生の実体験を元に書かれているので近代史的にも参考になります。

文語体ですが台詞が多いのでそこまで読みにくくない方だと思います(古文が苦手な本の虫の感想)。どちらかというと上編第二囘、國野の演説約9ページという壁を越えられるか否かですね。その長さから民間に政治への関心を向けて貰いたいという熱量が窺えます。何でも鐵膓先生が実際にされた演説を元に書かれているとか。

主人公を十四、五の少年にしたり、ヒロインである春を頭の良い人物に描いている所から、民権を謳うのはお題目だけでは無いんだなと感じました。特に春。詐欺を看破し、かつ状況を見てさりげなく条件を付けつつ詐欺には気付かなかった振りをするなど、お飾りになりがちな近代文学ヒロインではあまり見ない冴えた人物像です。


ところで。政治のことばかりかと思いきや詩的な情景描写があったり構成も練り込まれていたり、娯楽小説としても面白いのがこのお話の凄いところです。物語の始まりはなんと明治173年、ある男性が持つ二冊の本、内一冊をもう一人の男性に貸し出します。その本こそ『雪中梅』。そして國野と春の物語が始まるのです。

伏線も細々と張ってあって、所々で「ああ、あの時の」というものが。幾つかは思わずページを遡って確認してしまいました。

そういえば『雪中梅』には『花間鶯』という続編があるのですが、未だに見掛けたことすら無いのですよね。国会図書館にならあるでしょうか。




今回作ったのは鰺の鹽燒、鰺の擦り流し風、豆腐の梅酢漬け。中心にあるのは日本酒「雪中梅」です。

鰺の鹽燒は箱根の場面で肴として登場します。それから雪のイメージで鰺を擦り流し風にしてみました。流れない程度にダシを加えてあります。

豆腐はしっかり水を切り、梅の型で抜いて梅酢に漬けました。たまに居酒屋さんで見掛けるあれです。


このお話やたらお酒のイメージが強いので、主人公は少年ですが中心をお酒にしました。未成年者飲酒禁止法が制定されたのが大正時代ですから、この時代では合法ですね。腎臓への負担を考えたら法律が出来たのも納得です。