雪ノ光 -2ページ目

横に夫が寝ているのに、私は7年前の賢治との出会い、
そして今回の再会に思いを巡らせて眠れずにいた。

7年前。
賢治の連絡先を手に入れた私は翌日から頻繁にメールを
やり取りし、ときどき電話もするようになった。
最初はビリヤードの話だったけれど、世間話が多くなり
仕事の愚痴や恋愛観などを言葉や文字で語る日も少なくなかった。
2度目に会ったのは出会ってから2週間後。
この日、二人が初めて結ばれた日になった。
夕方待ち合わせをし、その公園で少し世間話をした。
メールや電話では何回も話していたのに、顔を見て話すのは2回目。
少しは緊張するだろうとは予測していたが、実際に会ってみると
その緊張は予想以上だった・・・。
そして賢治の顔も最初に会った時よりじっくり見れた。
背はそんなに高くないが、顔立ちは凛々しく男らしい。
何度かのメールでわかっていたが、亭主関白気質で良い意味で古風。
軽薄さは微塵も感じないような立ち振る舞い。
チャラチャラと女のことばかり考えているような男が周りに多かったので
賢治のその男らしさは頼もしさを感じた。

そんな賢治が出会って1週間、顔を合わせるのは2回目の女となんて
付き合ってくれるはずがないと思っていた。
だからダメ元で告白した・・・しかも半分は勢いだったから
公園を出て、いつものビリヤードバーに入って
一杯目のカクテルを飲んでいる時に言ってしまった。
『賢治くんの彼女になりたい。ダメならもう少し友達でもいいから
 これからも近くにいたいし、遊びに行ったりもしたい。』

そう一気に言い切ってカクテルを飲み干した。
賢治は照れるでもなく、気まずくなるでもなく一言
『うん、ありがとう。』
そう言って賢治もカクテルを飲み干した。
私は《フラれる・・・》と思った。
最初は賢治が笑顔だったから気まずくないと思っていた雰囲気も
どんどんと重くなる沈黙によって私を押し潰しそうになっていた。
《友達でいるのもダメなのかな・・・》と告白したことを既に後悔し始めていた時
『実は・・・』
沈黙を破ったのは賢治だった。
『葵に言ってないことがある。俺も葵の気持ちに答えたい。でも・・・』
気持ちに答えたいと言ってくれただけで、舞い上がってしまった私は
賢治がこんなにも言葉を濁していることにも気に留めず、
『どんなことかわからないけれど、私の気持ちは変わらないよ。』
その言葉に賢治は肩の荷が降りたのか、吹っ切れたのか
『ありがとう。まだ2週間だけれど、葵は俺についてきてくれる気がする。』
と言って微笑んだ。そして、
『実は、俺バツイチなんだよ。子供も一人いる。』




~続く~


渡された名刺を持つ手が震えた。
心の中で危険信号がチカチカと光る・・・
この名刺が何かを壊してしまう気がしてならない。
《こんな精神状態になるなんて。》
自分の弱さと、賢治の軽薄さに一人で苛立った。
でも名刺を捨てることが出来ず、私は財布にひっそりと入れた。

その夜、私は後ろめたさを振り払うかの様に夫に抱かれ、
夫は体調を心配しながらも酔っているせいか激しく求めてきた。
私は何を考えているのだろう・・・この夫を心の中で裏切っている。
夫に抱かれながら賢治のことを考えているのだから。

どうしてこんなに賢治との再会で動揺しているのだろう・・・
私にとって賢治は初めての相手でもなければ、
結婚を約束した訳でもない。けれど忘れられない。
賢治と付き合っていた期間は1年半ほどだったと思う。
出会いは夏。
私は当時仲が良かった女友達に付き合い、バーへ行った。
もうその友人の連絡先も知らないけれど・・・
それくらいの浅い付き合いを繰り返していた頃に賢治と出会った。
賢治はバーで一人ビリヤードをしていた。
何人か客もいたのに、賢治の存在感は異質の物で
《話ししてみたいな・・・。》と思った。
『ねぇ葵、あの人に話しかけない??』
『え??』
見つめていたことがバレたのかな・・・と一瞬恥ずかしくなったが、
ただ友人も賢治が気になっただけのことだった。
『いいんじゃない?話しかけよっか・・・』
友人が話したいから話しかけるんだ・・・と
自分になぜか言い訳をしながら私達は賢治に近付いた。
私は真剣にビリヤードを練習している賢治を見て、
話しかけることを少し躊躇ったが、友人はお構いなしに
『私達にもビリヤード教えてくれませんか??』
軽く話しかけた。賢治は驚いた様子だったけれど、
『いいけど、少しは経験あるの??』と苦笑いで答えてくれた。
私も友人もビリヤードの経験はなく、ただ声を掛けるための口実だった。
そんなことも知らず、賢治は私達にキューを持って来て
基本姿勢から丁寧に教えてくれた。
ビリヤードのこと以外を質問する隙もなく、
友人は途中で飲み物を取りに行ったまま戻って来なかった。
私はそんな友人に呆れてしまい、少し意地になって
賢治からビリヤードを教えてもらうことにした。
『覚えるの早いね。』
最初は手玉に上手くキューを当てられずにカキン!!と軽い音をさせていたが
徐々に慣れてきて、複雑な配置でなければ10回中3回くらいは
ポケットに入るようになってきた。
『賢治さんが教えるのが上手いから。』
褒められて嬉しかったし、初めてのビリヤードも楽しくなっていた。
そんな気持ちから出た一言だったが、賢治は照れているのか
慣れていないのか、少し乱暴な感じで
『上手くなりたいならこれからも教えるし。』と言って
飲み物を取りに行った。
私の分も持ってきてくれた賢治とお互いの年齢や仕事の話しなどをした。
年齢は私よりも3歳年上で、普段はレストランの厨房で働いているらしい。
仕事の後によくココに来てビリヤードを練習すると言った。
そのギャップが面白くて、
『意外な組み合わせだね。』と笑ったら
『将来は自分のレストランを経営して、家にはビリヤード台を置いて
 気軽にビリヤードをするのが夢。』
と真剣に語ってくれた。
女に軽いタイプには見えなかった。
そうでなければ、初対面の年下の女に夢を語るなんてしないだろう。
『またビリヤード教えて欲しいな。連絡先聞いていい?』
自分から連絡先を聞くなんて初めてだったから、断られたらどうしよう・・・と
言ってから不安になってしまった。
『あ、でも彼女とかに迷惑になるなら無理しなくていいから・・・』
一人で焦って、恥ずかしくて今考えると若かったなぁって思う。
そんな賢治は大人の余裕って感じで
『彼女がいたら一人でビリヤードしないよ、俺は構わないけど
 葵ちゃんこそ彼氏に教えてもらえばいいんじゃない?』

と笑いながら言った。
《この人いいな・・・。もっと近付きたい・・・。》
そう思ってしまった私は
『私こそ彼氏がいたら声掛けないよ、賢治さん教えてくれる?』
柄にもなく、ちょっと上目使いで言ってみた。
私はどこでこんな技を覚えたのかな・・・なんて冷静に思いながら。
『いいよ、じゃあ携帯番号とメールアドレスね。』
お互い交換し、仕事の時間などを伝えて
『じゃあまた連絡する。』

私達はそこから始まり、私はもう賢治を落とすつもりでいた。
後から聞いた話しでは賢治もこの時『付き合う予感』があったらしい。
もう7年近く経つのにこんなに鮮明に覚えているなんて・・・



~続く~

結婚して3年。優しい夫、不自由のない生活。
夫とは未だに恋人同士のように、夜居酒屋に飲みに出掛けることもある。
友達の結婚式にも夫婦で出席し、出産祝いに病院へ顔を出して・・・
気が付いたら夜飲みに付き合ってくれていた友達は育児に追われ、
私の相手をしてくれるのは夫だけになってしまった。
子供がいない私は、家にいても時間を持て余してしまったので
夫に頼み、専業主婦を辞め仕事に復帰した。
その内子供が出来ると思い、マイホームや新車のファミリーカーを購入した・・・
当初の家族計画も崩れて3年。夫と仲が良いのだけが救い。

今日は給料日だったので、仕事が終わり夫と待ち合わせをし
家の近くに出来た新しい居酒屋に行った。
もう夫婦間の習慣になっている恋人気分を保つ秘訣・・・
友達からは羨ましがられるけれど、
私たちを繋ぐものは年々減っている気がして仕方がない。
『贅沢な悩みよ~。』
口を揃えて言われる。しかし子供がいない結婚3年の夫婦は
些細なことで壊れてしまいそうで、時々無性に怖くなる。

暗い照明、アジア系の小物や家具で統一された居酒屋。
若いカップルが溢れているだろう・・・と
店内に足を踏み入れた時から感じる軽い雰囲気。
嫌いではない。でも少し恥ずかしい・・・と思う。
『いらっしゃいませ。』
落ち着いた声。聞き覚えがある・・・
目が合った瞬間、夫と来店したことも忘れ
『賢治くん??』 『葵??』
店員である賢治が夫に気が付き、急に丁寧な口調になった。
『お久しぶりですね、お元気でしたか?』
私はハッとして、
『本当にお久しぶりですね、地元に戻って来たんですね。驚きました。』
賢治はニコッと微笑み、店員として私と夫を席まで案内してくれた。
その間、私は賢治から目が離せず
頭の中は賢治との思い出が駆け巡っていた。
席に着き、まずビールを二つ頼んだ。メニューを広げながら夫が
『あの店員さん知り合い??』
『あなたと付き合う2年くらい前に付き合ってた元彼。』

私は夫に遠慮することなく正直に答えた。
下手に嘘をついて、夫に不信感を抱かせるのも嫌だったし、
何よりも私自身が動揺してしまい、動揺を隠すので精一杯になり
古い友達・・・なんて適当に答える余裕もなかった。
夫は別に何か言う訳でもなく、私が好きそうなツマミを頼んでくれた。
『お疲れ、乾杯・・・』
お酒が入り、いつものように夫と仕事や明日以降の予定などを話し、
賢治のことを考えることもなかった。
賢治も最初に案内して以来、私達の席には近寄ることがなかった。
お手洗いに立った時、若い新人の子に仕事を教えている賢治がいた。
『夢が叶ったのかな・・・』とふと思ったくらいだったが、
お手洗いから帰ろうとした時に、賢治と目が合った。
スタスタと近付いてきた賢治に名刺を渡された。
『この店の店長なんだ。また飲みに来てよ。』
『良かった。夢叶ったんだね。』
『あはは、俺の夢はまだこんなもんで終わらないよ。
 葵は結婚したの?一緒なの旦那さん?』
『そう、結婚3年目なの・・・』

『そっか・・・遅いけど、おめでとう。』
賢治からおめでとうと言われると、胸の奥がキュンとする。
『ありがとう・・・』
さりげなく言ったつもりだったけれど、
賢治が少し寂しそうな顔をした気がしたので意味もなく
『あ、ごめん・・・』と謝ってしまった・・・
賢治は苦笑いをしながら
『なんで謝るの。』と言った。
自意識過剰な自分が恥ずかしくなってしまい、
私は夫が待っている席へ逃げるように戻った。
夫は一人で何杯目かのお酒を飲み、メニューを流し見していた。
『大丈夫??酔った??』
優しい夫。元彼と話していたことを申し訳なく思い、
私は後ろめたい気持ちに駆られる・・・
『そうみたい、疲れているのかな・・・』
一刻も早く賢治のいる空間から離れたいと思い、嘘をついた。
どうして堂々としていられないのだろう・・・夫のことを愛しているのに、
賢治を気にしてしまった自分の態度に腹が立ってきた。
二度とこのお店には来たくない・・・

そう思い、名刺も捨ててしまおうと思ったその時、
名刺の裏に携帯番号とメールアドレスが書かれていた・・・



~続く~

天使は人になることを望み

天界の禁忌を犯し

十字架に架けられる

翼を鎖で繋がれ転生する

天界の禁忌は愛すること

天使は人として愛し尽くした時

死を迎え天界に帰り

十字架から解放される・・・

あなたも鏡を覗けば見える

十字架に磔になっている

愛を求める有翼の自分の姿が・・・



今日も私の知らない何処かで

多くの水が流れ

多くの毒が流れ

多くの血が流れ

多くの涙が流れ

多くの汗が流れ

多くの噂が流れる・・・

耐えることなく何処かで流れる

そんなに多量に流れることに

どれだけの意味があるのだろう・・・

良いモノも悪いモノも

流れていくモノも垂れ流しのモノも

流れてしまったモノはどんなモノでも

取り戻すこと 拾うことは出来ない

多くのモノを止め処なく流し

人は枯れる日が来るのでしょうか・・・