ジニャンのサッカースクール卒業旅行を終えて
サッカースクール父兄の皆様、
この度はキャプテンを務めたということでサプライズをいただき、
誠に有難うございました。
大した任務をした訳ではないのに、お気遣いいただき
感謝感激でございます。
御礼の気持ちを込めて、6年間限りなく100%に近く応援に行った親として、
誠に勝手ながら総括させていただきたいと思います。
思い返せば、一年の夏・秋・冬の大会は
一点も挙げることができず華麗なる超大敗でした。
ほのちゃんだけが頼りのチームでしたね。
二年の冬にようやくヨウジが少し開花しましたが、
やがてほのちゃんが抜けました。
でもライア、サワシュン、レオの躍進で攻撃陣は揃い、
ヨウジはトップ下やボランチに下がり、
少しはサッカーらしいカタチにはなった(こともあった)のかなと思います。
通算でレオ23ゴール、ライア20ゴール、サワシュン15ゴール、大アッパレです!!
バス旅行の際にクイズにしたこの“得点”についての記録は、
実は心苦しく思っています。
結果として残る数字はやはりフォワードばかりだからです。
これはJリーグなどでも同じことです。
得点王はあってもセーブ王や、クリア王、ブロック王はありません。
本当は、ある1点はキーパーが防ぎ、ディフェンスがクリアし、
中盤がつなぎ、得点したものですからみんなの得点なんです。
負け越したにもかかわらず得失点差はプラスだった。
つまり守備陣が失点を防いだからこそなんです。
決定的なセーブ、クリア、ブロックは、攻撃陣の得点に値するんですよね。
よく頑張ってくれたと思っています。
みんなのあきらめない頑張り、ひたむきな粘り、その一生懸命さには、
目頭が熱くなったこともしばしばありました。
守りの要に徹してくれたソラを筆頭に、シュウガ、みっくん、サッサ、セイヤの
頑張りには頭が上がりません、ありがとう!!
そして、やっぱりゴールキーパーについて語っておきたいですね。
低学年のうちは交替でやっていましたが、
上手かったヒロキ、リュウヘイ、トモヒロが辞めてしまった中で、
立ち上がってくれたテッちゃん。
果敢な飛び出し、喰らいつく横っ飛びに
どれだけ救われたか数え切れないでしょう。
これを書き起こしながら泣きそうになります…ありがとう!!
他にもあります。ジンくんの負けん気と前に向かうチャレンジ、
ホッソーはいろんなポジションを全力でやってくれたし、
ミッチーのゴールはいつもミラクルで、PK戦の決定率は100%でした。
リョウちゃんのパスは正確で、日曜日に一緒に練習してたので
6年での初ゴールはホントにうれしかったですね。
あと個人的にすごく印象に残ったゴールがあります。
5年の冬季大会で神山(赤)に先制された後に追いついた
レオのゴールは私自身が一番吠えたゴールだったと記憶してます。
また、どの試合か忘れたけど、ジンくんが右サイドを切り込んで
マイナスに折返し、サワシュンがダイレクトでぶち込んだビューティフルゴール。
相手キーパーに向かう浮き球を、走り込んだライアが
キーパーの頭上を越すヘッドで流し込んだレインボーゴール。
そして記憶に新しい、6年の秋に魅せたソラのロングシュートは凄かった。
ほかにもいっぱいいっぱいありました。
ちなみにヨウジのベストゴールは、5年の時招集された
6年の試合で任されたFKなので触れずにおきます(言うてもうてるやん)。
そのつたないキャプテンは、抜かれたらすぐあきらめるという性質が
最大の弱点でしたが、一応チーム1の30ゴールを挙げ、
PK戦でも常にプレッシャーのかかる一人目を蹴り、
7本中の6本決めたので何とか責任を果たしたのかなと
手前味噌ながら思っております。
リーダー的ではなく、声出して引っ張ったとかではなかったので、
ホントにみんなのお陰です、有難うございました!!
3、4年の頃、日曜日に最高で10人くらい集まってきて
一緒に学校で練習したこともあったし、
その日曜の練習中にキーパーしてて強烈な無回転シュートで
左手小指脱臼、さらに2週間後には勝手に自分で転けて
右足骨折なんてこともありました。
何とか間に合って参加できた親子サッカーは異例の7週にわたっての練習。
あっさり初戦で負けちゃいましたけど、良い思い出となりましたよね。
まぁでも感動ももらったけど、ぶっちゃけユル~いチームでした。
試合に負けても終わったら笑ってお菓子交換でしたから…あはは。
それが“らしさ”であり、千秋東のカラーだったのかなぁ~とも思います。
最後の練習試合まで貫き通しましたからね、あはは。
さぁ4月からは中学生です。
サッカーを続ける子もいれば、バスケや、バレー、テニスなど、
違うスポーツにチャレンジするという声も聞こえてきております。
いずれにせよ、このサッカースクールの仲間と
その経験を忘れず頑張ってほしいなと思います。
生徒のみんな、そしてご家族の皆様、本当に有難うございました!!
今後ともよろしくお願いいたします。
平成28年3月22日 ヨウジの父より
この度はキャプテンを務めたということでサプライズをいただき、
誠に有難うございました。
大した任務をした訳ではないのに、お気遣いいただき
感謝感激でございます。
御礼の気持ちを込めて、6年間限りなく100%に近く応援に行った親として、
誠に勝手ながら総括させていただきたいと思います。
思い返せば、一年の夏・秋・冬の大会は
一点も挙げることができず華麗なる超大敗でした。
ほのちゃんだけが頼りのチームでしたね。
二年の冬にようやくヨウジが少し開花しましたが、
やがてほのちゃんが抜けました。
でもライア、サワシュン、レオの躍進で攻撃陣は揃い、
ヨウジはトップ下やボランチに下がり、
少しはサッカーらしいカタチにはなった(こともあった)のかなと思います。
通算でレオ23ゴール、ライア20ゴール、サワシュン15ゴール、大アッパレです!!
バス旅行の際にクイズにしたこの“得点”についての記録は、
実は心苦しく思っています。
結果として残る数字はやはりフォワードばかりだからです。
これはJリーグなどでも同じことです。
得点王はあってもセーブ王や、クリア王、ブロック王はありません。
本当は、ある1点はキーパーが防ぎ、ディフェンスがクリアし、
中盤がつなぎ、得点したものですからみんなの得点なんです。
負け越したにもかかわらず得失点差はプラスだった。
つまり守備陣が失点を防いだからこそなんです。
決定的なセーブ、クリア、ブロックは、攻撃陣の得点に値するんですよね。
よく頑張ってくれたと思っています。
みんなのあきらめない頑張り、ひたむきな粘り、その一生懸命さには、
目頭が熱くなったこともしばしばありました。
守りの要に徹してくれたソラを筆頭に、シュウガ、みっくん、サッサ、セイヤの
頑張りには頭が上がりません、ありがとう!!
そして、やっぱりゴールキーパーについて語っておきたいですね。
低学年のうちは交替でやっていましたが、
上手かったヒロキ、リュウヘイ、トモヒロが辞めてしまった中で、
立ち上がってくれたテッちゃん。
果敢な飛び出し、喰らいつく横っ飛びに
どれだけ救われたか数え切れないでしょう。
これを書き起こしながら泣きそうになります…ありがとう!!
他にもあります。ジンくんの負けん気と前に向かうチャレンジ、
ホッソーはいろんなポジションを全力でやってくれたし、
ミッチーのゴールはいつもミラクルで、PK戦の決定率は100%でした。
リョウちゃんのパスは正確で、日曜日に一緒に練習してたので
6年での初ゴールはホントにうれしかったですね。
あと個人的にすごく印象に残ったゴールがあります。
5年の冬季大会で神山(赤)に先制された後に追いついた
レオのゴールは私自身が一番吠えたゴールだったと記憶してます。
また、どの試合か忘れたけど、ジンくんが右サイドを切り込んで
マイナスに折返し、サワシュンがダイレクトでぶち込んだビューティフルゴール。
相手キーパーに向かう浮き球を、走り込んだライアが
キーパーの頭上を越すヘッドで流し込んだレインボーゴール。
そして記憶に新しい、6年の秋に魅せたソラのロングシュートは凄かった。
ほかにもいっぱいいっぱいありました。
ちなみにヨウジのベストゴールは、5年の時招集された
6年の試合で任されたFKなので触れずにおきます(言うてもうてるやん)。
そのつたないキャプテンは、抜かれたらすぐあきらめるという性質が
最大の弱点でしたが、一応チーム1の30ゴールを挙げ、
PK戦でも常にプレッシャーのかかる一人目を蹴り、
7本中の6本決めたので何とか責任を果たしたのかなと
手前味噌ながら思っております。
リーダー的ではなく、声出して引っ張ったとかではなかったので、
ホントにみんなのお陰です、有難うございました!!
3、4年の頃、日曜日に最高で10人くらい集まってきて
一緒に学校で練習したこともあったし、
その日曜の練習中にキーパーしてて強烈な無回転シュートで
左手小指脱臼、さらに2週間後には勝手に自分で転けて
右足骨折なんてこともありました。
何とか間に合って参加できた親子サッカーは異例の7週にわたっての練習。
あっさり初戦で負けちゃいましたけど、良い思い出となりましたよね。
まぁでも感動ももらったけど、ぶっちゃけユル~いチームでした。
試合に負けても終わったら笑ってお菓子交換でしたから…あはは。
それが“らしさ”であり、千秋東のカラーだったのかなぁ~とも思います。
最後の練習試合まで貫き通しましたからね、あはは。
さぁ4月からは中学生です。
サッカーを続ける子もいれば、バスケや、バレー、テニスなど、
違うスポーツにチャレンジするという声も聞こえてきております。
いずれにせよ、このサッカースクールの仲間と
その経験を忘れず頑張ってほしいなと思います。
生徒のみんな、そしてご家族の皆様、本当に有難うございました!!
今後ともよろしくお願いいたします。
平成28年3月22日 ヨウジの父より
ネタの宝庫、大王製紙エリエールレディスオープンの巻
まず、前会長106億借り入れ問題、
これを耳にした時「開催がピンチ!?」と思った。
第30回記念大会という節目でもあったことからか
結局開催されたのではあるが、
資格者のみが出場できる本当の最終戦前のラストゲームは、
ネタネタネタの宝庫となった。(うらやますぃ~)
まずは、女王アンソンジュの2年連続賞金女王を
阻止できる可能性があった横峯・有村・李 知姫(イ チヒ)の3人。
その絶対条件は2週連続優勝だった。(まぁできたら奇跡!!)
李知姫が見事優勝したが、アンソンジュが8位タイに入ったため、
アンソンジュの2年連続賞金女王が決定してしまった。
次に、今季優勝がなく、賞金ランキング25位以下であるため、
次週出場権のない古閑美保と米山みどりの引退試合。
次週を引退試合にするためには優勝しかなかった。
結果は古閑が11位タイ、米山が19位タイ。
とは言え、シード権圏内をキープし有終の美を飾った。
古閑は、プロ合格の翌々年から9年連続シード権をキープ、通算12勝、
2008年の最終戦での逆転賞金女王に輝き、跳ねて喜ぶ姿は記憶に新しい。
米山は、プロ合格の翌年から13年連続シード権をキープ、通算7勝。
どちらも前々からの人生設計の上での決断…
長くできるスポーツゆえに残念だが、こうゆうやめ方は
中田英寿や新庄剛志にもどこか共通点があるかもしれず、
今後の活躍、幸せなる人生を送ってほしいと思う。
(若い子たちも続くかもね?!)
そんな中、米ツアー最終戦を蹴って出場予定だった
古閑の後輩・上田桃子は、初日同組だったにもかかわらず、
エントリーミスで欠場扱いとなってしまった。
ディフェンディングチャンピオン・金ナリも同じミスで欠場。
古閑は自信のblogで桃子を叱咤激励した。
さらに、アマチュアの大阪市立白鷺中一年・松原由美が、
12歳270日での史上最年少予選通過の記録を樹立した。
これまでは、2002年6月のリゾートトラストで記録した
金田久美子の12歳298日だった。
でも個人的には、同じ中1で通過したのだから、
6月の金田の方が記録のような気がしている。
また、最終戦に出場できない選手にとっての最終戦、
来季のシード争いや、クオリファイの予選免除をかけ、
それぞれの様々な想いがコース上で飛び交ったことだろう。
プロスポーツの世界は厳しい。
戸張捷が解説でよく言うように、
たったの一打が、たった数センチが、賞金額を変え、
大きく影響することがあるのだ。
そうゆう意味で古閑と米山は初シード獲得から
一度も落とさなかったのだから
第一線の選手であったとがわかるだろう。
この二人のシード権返却と永久シード保持者・不動裕理の
計3枠が繰り下げられたため、
現在51位の井芹美保子、52位の申ジエ、
53位の若林舞衣子がシード権内ではあるが、
最終戦で野村敏京(はるきょう)が単独4位以上なら
若林がシード落ちとなる。
逆に最終戦のドラマティック感があるネタが少なくなってしまった。
しいて言うなら…
さくらちゃんの5年連続賞金1億超えなるか?!くらいかな。
しかし、シード権を持つ日本人選手が減ったなぁ~51人中28人ですよ。
韓国人選手が18人はホント驚異です…
国内ステージだけどガンバレ!ニッポン!!です。
これを耳にした時「開催がピンチ!?」と思った。
第30回記念大会という節目でもあったことからか
結局開催されたのではあるが、
資格者のみが出場できる本当の最終戦前のラストゲームは、
ネタネタネタの宝庫となった。(うらやますぃ~)
まずは、女王アンソンジュの2年連続賞金女王を
阻止できる可能性があった横峯・有村・李 知姫(イ チヒ)の3人。
その絶対条件は2週連続優勝だった。(まぁできたら奇跡!!)
李知姫が見事優勝したが、アンソンジュが8位タイに入ったため、
アンソンジュの2年連続賞金女王が決定してしまった。
次に、今季優勝がなく、賞金ランキング25位以下であるため、
次週出場権のない古閑美保と米山みどりの引退試合。
次週を引退試合にするためには優勝しかなかった。
結果は古閑が11位タイ、米山が19位タイ。
とは言え、シード権圏内をキープし有終の美を飾った。
古閑は、プロ合格の翌々年から9年連続シード権をキープ、通算12勝、
2008年の最終戦での逆転賞金女王に輝き、跳ねて喜ぶ姿は記憶に新しい。
米山は、プロ合格の翌年から13年連続シード権をキープ、通算7勝。
どちらも前々からの人生設計の上での決断…
長くできるスポーツゆえに残念だが、こうゆうやめ方は
中田英寿や新庄剛志にもどこか共通点があるかもしれず、
今後の活躍、幸せなる人生を送ってほしいと思う。
(若い子たちも続くかもね?!)
そんな中、米ツアー最終戦を蹴って出場予定だった
古閑の後輩・上田桃子は、初日同組だったにもかかわらず、
エントリーミスで欠場扱いとなってしまった。
ディフェンディングチャンピオン・金ナリも同じミスで欠場。
古閑は自信のblogで桃子を叱咤激励した。
さらに、アマチュアの大阪市立白鷺中一年・松原由美が、
12歳270日での史上最年少予選通過の記録を樹立した。
これまでは、2002年6月のリゾートトラストで記録した
金田久美子の12歳298日だった。
でも個人的には、同じ中1で通過したのだから、
6月の金田の方が記録のような気がしている。
また、最終戦に出場できない選手にとっての最終戦、
来季のシード争いや、クオリファイの予選免除をかけ、
それぞれの様々な想いがコース上で飛び交ったことだろう。
プロスポーツの世界は厳しい。
戸張捷が解説でよく言うように、
たったの一打が、たった数センチが、賞金額を変え、
大きく影響することがあるのだ。
そうゆう意味で古閑と米山は初シード獲得から
一度も落とさなかったのだから
第一線の選手であったとがわかるだろう。
この二人のシード権返却と永久シード保持者・不動裕理の
計3枠が繰り下げられたため、
現在51位の井芹美保子、52位の申ジエ、
53位の若林舞衣子がシード権内ではあるが、
最終戦で野村敏京(はるきょう)が単独4位以上なら
若林がシード落ちとなる。
逆に最終戦のドラマティック感があるネタが少なくなってしまった。
しいて言うなら…
さくらちゃんの5年連続賞金1億超えなるか?!くらいかな。
しかし、シード権を持つ日本人選手が減ったなぁ~51人中28人ですよ。
韓国人選手が18人はホント驚異です…
国内ステージだけどガンバレ!ニッポン!!です。
「イナズマイレブン」にはヤラれますゎ。
最初、何が超次元サッカーだ! つまらん!!と思っていたが
見てみたらおもしろい、と言うかアツい!泣けるんですよ!
アニメ「イナズマイレブン」。
友情・仲間・あきらめない気持ち・アツい想い…つまってます。
DVDもVol.29まで進んじゃって、
昨日観た第115話「サッカー王国の逆襲!」はvsブラジル戦。
終盤1点リードされたイナズマJAPANは、
ヒロト「流星ブレードV2」→敵GP「カポエィラスナッチ」→
ヒロトのトラップ『行くよ!』→染岡『響木監督に届け! 俺たちの想い!』
「ドラゴンスレイヤーV3」→豪炎寺「真 爆熱スクリュー」の同点ゴール!!
これには感極まって涙が湧いてきました。
さらにその後のロニージョ「ストライクサンバV3」→
円堂「イジゲン・ザ・ハンド」突破→飛鷹「真空魔V2」で止めーの→
鬼道→ヒロト→ヒロト&吹雪の新必殺技「ザ・バース」で勝ち越しゴール!!!→
試合終了の笛!いやぁ~いい試合でしたぁ~!
これはもう観た人にしかわからないんですよね~!
でも泣いているのは私だけなんですよね~!! あはは。

見てみたらおもしろい、と言うかアツい!泣けるんですよ!
アニメ「イナズマイレブン」。
友情・仲間・あきらめない気持ち・アツい想い…つまってます。
DVDもVol.29まで進んじゃって、
昨日観た第115話「サッカー王国の逆襲!」はvsブラジル戦。
終盤1点リードされたイナズマJAPANは、
ヒロト「流星ブレードV2」→敵GP「カポエィラスナッチ」→
ヒロトのトラップ『行くよ!』→染岡『響木監督に届け! 俺たちの想い!』
「ドラゴンスレイヤーV3」→豪炎寺「真 爆熱スクリュー」の同点ゴール!!
これには感極まって涙が湧いてきました。
さらにその後のロニージョ「ストライクサンバV3」→
円堂「イジゲン・ザ・ハンド」突破→飛鷹「真空魔V2」で止めーの→
鬼道→ヒロト→ヒロト&吹雪の新必殺技「ザ・バース」で勝ち越しゴール!!!→
試合終了の笛!いやぁ~いい試合でしたぁ~!
これはもう観た人にしかわからないんですよね~!
でも泣いているのは私だけなんですよね~!! あはは。

