そういう人たちのメールには、総じて行間がない。どんな気持ちで、どんな裏の意味を持って、とか考えながら読解し、返事を書いたところで無駄。むしろ相手に余計なストレスを与える結果にもなりかねない。そのくせ、メールの発信時刻、とりわけ土曜日にメールよこしといて、月曜日の朝には用意しとけよな、的な文脈はビシビシ伝えてくる。
俺はギリギリ、社会人になる前に世の中にメールが広まった世代だ。対して、彼らは社会人になってすぐ、メールの利便性を理解し、そしていち早く自分の成果を出すために活用することに成功した世代だ。
メールの台頭と、職場のメンタルヘルスの問題は無縁ではない。そしてコミュニケーションツールとしてのメールの限界は、言わずもがなLINEの台頭と無縁ではない。
何が言いたいかというと、メールはもはや過去のツールだ。そのことを理解した次の時代への準備は、上の世代を見習っていては出来ない。
やがて来る時代のくっきりとした変わり目に、ふるい落とされないように、
今は評価されないやり方を、さりげなく模索しておかないといけない。