アートについて考える受験生(23歳)の日記/とてもDEEPな世界です!
良い言葉①
「人生の中から、慣れた情景や凡俗な言葉ではなく、輝くしく、奔放な、激情的な生をひきだせ。永遠の明証性を狂気の逆説に翻訳せよ。異常と怪奇とによって生き、神秘をたずさえつつ悲劇に到達せよ。知られざるものを見抜け。魂の破壊と世界の不安とに恐怖の表現を与えよ。光り輝くと同時に霧に包まれ、散文的でありながら偉大な、神秘的で官能的で、洗練されていて野蛮で、中世的であって現代的な、こうしたことこそ我らが時代の美なのだ。」
by サンディアゴ・ルシニョル
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宣言!

はじめまして!
初めてのブログは自分の生い立ちをなぜか書いてみようとおもいます。
なぜ留学したいのかだったりいろいろと書いてみます。
なんだかんだ言って結構自分のために書いているのでつまらなかったら途中で辞めてください。

東京都の北部(板橋区)で育った僕は家庭環境はとても良いものでは有りませんでした。
僕が3歳の時の両親の離婚で母親と4歳年上の兄貴で暮らしていました。
離婚の原因が数多くあると聞かされていましたが基本的には家庭内暴力です。
父親は建築業を営んでおりある程度は成功しています。
母親も建築関係の仕事していますが二人の子供を抱え必死になって生活費を稼いでくれました。
ただ月に一度兄と二人でオヤジの所に行く事がありました。
オヤジの家に行けば母親の悪口を聞かされ、家に帰れば父親の悪口を聞かされました。
それでも僕らはオヤジの家に行かなければいけなった。
それは毎月の生活費、5万5千円をもらわなければ生活が出来なかったからです。
僕らはこのやりきれないこの大人の勝手な都合でストレスがたまってくるようになりました。
そんな中兄が小学校の年長になると母親に対して暴れるようになってしまいました。
中学、高校と兄の家庭内暴力はエスカレートして行きました。
家が壊されて、母親が血を流す姿を泣きながら見ていました。
兄貴が暴れる度僕は自分に言い聞かせました「絶対にこうなっては行けない…」
学校では比較的明るく振る舞ってはいましたが、家に帰るのが嫌になって家出も度々していました。
死にたいとも思いました。
そんな時僕はいつも映画を見ていました。
「インディージョーンズ」「バックトゥーザフゥーチャー」などテレビで流れていた映画をビデオでとっては何度も何度も見ていました。
その当時現実とは全く違う世界を見ることがとてもすきだったのでしょう。
14歳の時、学校帰りに進路について真剣に考えました。
「自分は将来どんな仕事をしたいか?」何度も何度も考えました。
答えは映画でした。
当時の僕の頭では一つの方程式しかありませんでした。
映画→ハリウッド→英語
そして中学生の僕は留学を考えました。
当時普通の私立と同じ額でオーストラリア留学が出来たので母親、父親に提案し承諾してもらいました。

15歳で単身言葉の通じない環境に行ったのは僕の人生での転機でした。
しかし、日本での生活に比べるととても充実していました。
田舎町の学校は大きなテレビスタジオがあったり癖のある人たちがとても多かった気がしました。
そこで僕はいろんな事に出会いました。
文化の違う友達、カメラ、アート、パンクなどなど目に映るものは全て僕には新鮮でした。
高校を卒業すると僕は少し都会のメルボルンという街に引っ越しました。
メディアの授業は学力もお金もとても高くつきました。
ある日アルバイトをしながら予備校に通っていたころある人に出会いました。
韓国人で現地メルボルンでCM制作会社を経営している40歳くらいの男性はやがて僕の父親のような存在になりました。
大学をあきらめ現場の経験を望んだ僕は2年半その会社で働いた後帰国しました。

日本では高卒だろうと帰国子女の人間は特別に見られました。
大手制作会社は僕を簡単に受け入れました。
そこで僕は死ぬほど働きました。
働いて働いて答えが出ました。
「このままではこのまま終わってしまう。もう一度勝負しなきゃ!」
大学に行く決意をしました。

宣言します!
1、今後の人生アーティストとしてアートを信じ現代に生きる人類にメッセージを
  送り続けます。
1、アーティストとして自分を信じ人にこびたりしません。
1、僕は来年イギリスに留学しアーティストとしての自分を高めます。
1、芸術は爆発です!


そして最後に…

「人生の中から、慣れた情景や凡俗な言葉ではなく、輝くしく、奔放な、激情的な生をひきだせ。永遠の明証性を狂気の逆説に翻訳せよ。異常と怪奇とによって生き、神秘をたずさえつつ悲劇に到達せよ。知られざるものを見抜け。魂の破壊と世界の不安とに恐怖の表現を与えよ。光り輝くと同時に霧に包まれ、散文的でありながら偉大な、神秘的で官能的で、洗練されていて野蛮で、中世的であって現代的な、こうしたことこそ我らが時代の美なのだ。」
by サンディアゴ・ルシニョル

本当に偶然この言葉に出会いました。
とても良い言葉ですよね!
ではでは