見たくないもの

感じたくないもの

忘れたいもの




自分に確実にいい影響を与えないであろう事に

みずから進んでしまう癖がある・・・




見なければ

思い出さないのに


見なければ

感じなくてもいい事なのに


見たら必ず

自分と重ねてしまうとわかっているのに



自らそこに突き進んでしまう。



そして・・・・泣く。



誰に相談したって

同じ立場に合っていなければ

わかってもらえない事はたくさんある。


人に話しても

ワタシの考えが100伝わるわけがない


だから

あまり人には愚痴は言わない。



起きた出来事は話すけど

あくまでも

事例であって

それで、ワタシがどう思うかなんて

相手には伝わるわけがない。



だって

ワタシじゃないんだから・・・・




だからこそ?

だからなのか



ワタシは敢えて

追体験をしようとする。



それを見たり

感じたりして

乗り越えようとする。



気持ちを消化させようとする。




でも

それはとっても

大変なことで


とっても

つらい事で


一度やそこらで

乗り越えられるものではない。



現に8年経った今でも

乗り越えられてはいない事もある。



どうしたら

乗り越えられるのか



ワタシはいつも自分と戦っている。



昔ほど

手に汗握る事はなくなった。


昔ほど

無意識に涙が出ることはなくなった。



だから

敢えて今自分に挑んでみた。



でもやっぱり

その時の記憶は

よみがえる・・・・



本なら閉じてしまえばいい

テレビならチャンネルを変えればいい

場所なら、そこに行かなければいい


ただそれだけの事なのに


ワタシはそれが出来ない

そして自分を追い詰める。




なぜなら

追い詰めた分だけ

ワタシは強くなれると思っているから(笑)





そう。

ワタシは根っからのドMなのだと思う(笑)




だって

逃げることは自分を守る事かもしれないけれど



そこで踏みとどまるだけで

そこから先に進めないと思っているから。


どんなに、手に汗をかこうと

どんなに、息が詰まる思いをしようと

どんなに、その時の辛い気持ちを思い出そうと



ワタシはそれに向かっていく。



自分に戦いを挑んでいく。




だって、嫌なことは

いつまで経ってもイヤだから・・・



だったら

イヤじゃなくなるまで挑んでやる。





そして、ワタシは笑いたい。





ワタシの周りの人にも笑ってもらいたい。




本日は、休業日と致しまして


いつもとは違うお話。








たまにね

ムショーに甘い物が食べたくなるわけ。






普段のワタシの体は

ウーロン茶が流れてるんじゃないかって

言われるぐらい

毎日ウーロン茶。



お水のかわりにウーロン茶



ジュースのかわりにウーロン茶



サントリーに表彰されてもいいくらい
ウーロン茶業界に貢献してるわけw



一日2リットルじゃ絶対足りない。




そんなわけで

ウーロン茶を買いがてら

スーパーに行って

たまたま目に付いたのが

キャラメルコーン♪






なつかしー と

思いながら手に取り

そのままかごへ



そのままレジへ・・・









さっき

3時のおやつに

食べよーと思って

あけてみてびっくり!!













これ










どーよ・・・・・











$スナック MIE-キャラメルコーン



臨場感伝わるように

タバコとジッポww





これって

一粒で二度おいしい♪ を超えたよねwww





ウソ か マコト か 今宵のお話



本日は今が旬の 栗ごはんをつまみに

グラスを傾けながらお聞きくださいませ






人は楽しい事ばかりでは

生きてはいられない。




悲しい事、つらい事があってこそ

楽しみが生まれるのではございませんか?




悲しい出来事、つらい出来事を

体験した人程

普段の当たり前の事ですら

楽しいと感じる事が多いのかもしれません。





先日お話いたしました

悲しみの消化


みなさま、お考えになられたでしょうか






先日は

誰かに故意に殺められた場合の

お話をいたしました




では

故意ではなく

偶然が重なりあった上で

殺められたらどうなさいますか?




事情を聞いていけば

仕方がなかったのかも と

思ってしまうような

そんな場合だったならば

みなさま

いかがなされますか?






たとえば

そろそろ世に生まれ来る

あろう時期に

子供が亡くなったといたしましょう



病院の検診中に

お腹の子供の心音が弱っていて

そのまま、緊急に帝王切開で

生ませる事になったといたします。



しかし

当日は、違う手術が予定されていました

ですから

その手術が終わり次第

帝王切開の手術に取り掛かることに

必然的になることになります。




予定されていた手術が

行われている間に

子供の心臓が止まってしまったとしたら



みなさま

どう思われますか?




病院側は故意ではない。




悲しみに暮れた結果

仕方がなかったと

諦めるしかございません。



しかし

人とは誰かを責めてしまうもの。



たぶん

自分を責めてしまう事でございましょう。



なぜ

もっと早く気づいてあげられなかったのか

なぜ

この病院を選んでしまったのか

なぜ

なぜ

なぜ






では

前回の流れで

たとえば

検診の受付をしている段階で

お腹の子供の様子がおかしいと

病院側に告げていたといたしましょう。



更に

尿検査で異常数値が出ていたといたしましょう。



そうしたならば

みなさま

この一連の流れが

仕方が無かったと

済ますことが出来るでしょうか?




そして、更に

予定されていた手術中に

出血し始めていて

どう考えても異常事態だったといたしましょう






そうなった場合

みなさまだったら

どうお考えになられますか?




医療ミスとして

訴える手段をとりますか?



医療ミスを法で訴える事は

たやすい事ではございません。


更に

勝訴となると

ますます難しいのでございます。


長い年月を

幾度となく

同じ場面を回想しなければいけません



生生しい話を

幾度となく

訴え続けなければいけません




そこに立ち向かおうとなさりますか?




それとも

子供を亡くした悲しみに暮れて

起きた出来事を忘れたくて

悲しみに縛られ続けるのがいやで

病院と係わる全てのことから

自分をシャットアウト・・・・・





みなさまでしたら

どちらをお選びになられますか?




それとも

他に違う方法はございますでしょうか?





仕方がなかったと

思えるのでございましょうか


誰にも過失はなかったと

思えるのでございましょうか




人には寿命がございましょう

ですが

わが子が自分よりも先に

旅立ってしまう悲しみに



みなさまでしたら

どう立ち向かわれるのでございましょう






ウソ か マコト か今宵のお話

本日はこの辺で終わりにいたします。



お時間がございましたら

またお越しくださいませ。