数年前。精神がいっぱいいっぱいで
心理学系のブログを探しまくってる時に
テレビでぢんさんを見た。
なんか知らんけど[この人私を助けてくれる]ってビビっときた。(古っ)
ぢんさんのブログを読み漁る日々。
シャワー浴びてたら、なんの前触れもなく突然パッカンした。
あたし、愛されてたじゃん。って。
私は愛されてますって呟いたら涙で出来て、心の中にずーっと溜まってた澱みたいなものがダラダラ流れ出た。(カオナシが千に助けられるシーンみたいな感じ)
その後もぢんさんのブログ読み漁って
前者後者論が出た時にすげーデッカいパッカンが又きた。
私…前者だと思ってたけど?
私…思いっきり後者じゃん…って。笑。
私は長年。自分は前者だと信じてた。
後者を馬鹿にしてた。
馬鹿にすることで[やっぱり自分は前者だ!]
と安心してた。安心したかった。
私の中で
前者=生きてて許される人
誰からも愛される人
ちゃんとしてる人
失敗しない人
後者=この世に存在してはいけない人
誰からも愛されない人
ちゃんとできない人
失敗する人
という図式があり、ゆるがなかった。
この世で生きて行くには前者じゃなきゃダメ!って思ってた。
母親が後者を許さない人だったから。
母は、後者である私を、
そこまでするー?そこまで言うー?てなくらい
精神的に毎日責め立ててた。
今にして思えば。母親、めっちゃ後者。笑。
母親も自分が後者である事を頑なに認めない人。
てか、多分今も気づいてない笑。
私以上に前者アプリを積み込んでる。
たぶん、母親も母親(私からすると祖母)に後者である事を許して貰えなかったんだね。
長年。私は自分が大嫌いで、何をやってもダメで、誰からも愛されなくて、生きてる資格が無いと事あるごとに嘆いてた。自分はかわいそうだと思ってた。
母親に精神的虐待を受け、人間不信になり、育児ノイローゼからのうつ病発症の日々を過ごしてた。
でも、ぢんさんのブログ読んでたら。
[コントなんだよ]って言葉が引っかかって。
あら、私ったら。[もしも私がかわいそうと信じて疑わない女だったら]つー、コントやってたんだな。と気付いちゃった。
昔のドリフのコントで
[志村と聖子ちゃんが寂れた旅館で心中しようとするやつ]
[貧乏な居酒屋](お客さんに出す飲食物がなくて自分の髪や服を売りにいく女将さんのやつ)
[なんでもかんでも悲観的になる妻に辟易する夫]のコントを思い出した。
[おんなじ事しとるわ、私]と思って、笑えた。
笑えるまでしばらくかかったし。
久々にドリフが観たいなー、という間隔で自作コント始めちゃう日もまだあるけど。
私の中の後者を許したら
後者の人達を許せるようになった。
[後者]や、[私が常識として必死に守っている事を、平然と破る人]を見張らなくなった。
見かけても怒りを感じなくなった。
怒りは嫉妬、と認められるようになった。
前者だと思ってた人は後者だった。
後者だと思っていた人は前者だった。
笑。
他人の一挙手一投足がどうでも良くなった。
こんな私でも愛し続けてくれてた旦那、息子、友人、会社の人々に囲まれてた事に気付いた。
コント[独りよがり]
をやってた事に気付いた。
母の口癖
ちゃんとしなさい
失敗したらだめ
みんなみてるよ
がまんしなさい
言うこと聞きなさい
何十年も守ってきた、従順なあたし。
素直だなー。笑
でも。これからは。
ちゃんとしなくていいい。
失敗していい
誰も見てない
がまんしない
言うこと聞かない。
言いたいこと言う。
で、いきます。笑。
ぢんさん、ありがとう。
私の側に居てくれてるみんな、ありがとう