ログを新しいスペースに変えることにしました。

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回の選挙で私がオバマ氏支持なのは、感動するからだと思う。



今日も「自分はあと3週間マケインの攻撃を受けてもいい
アメリカは彼の政策を4年間耐えるわけにはいかない」というようなことを言ってて
じーんと来てしまった。(クリップ最後の方)







だって、マケイン側の攻撃は本当に手が汚いのだもの。捏造ばかりで。大嫌い。
よっぽどのひとじゃないと、耐えられないと思うけども、(私なら無理)
アメリカのためを思って耐えられる、なんて言われるとかっこいいとかすごいとか
もうそういうレベルじゃなくて、尋常じゃないレベルの精神力に本当に敬服する。
多分、それだけ強いひとじゃないと今のアメリカを救えないと思う。

オバマの税金政策は所得額がトップ5%のアメリカ人に過去8年間ブッシュ政権が与えてきた
税金カットを中止するかわり、95%のアメリカ人の所得税を減らす、というもの。

10年住んでるとわかるけれど、この国の貧困層は本当に貧しい。

どんな街でもトレーラーパークと呼ばれる場所があって、
キャンピングカーみたいなトレーラーに住んでるひとびとなんかがいて、
そういう人たちは教育だって健康保険だって満足とは程遠い生活をしてる。
定年後の貯金だってままならないだろうし、それ以前に定職だって危ない。
子供がいくら頑張って勉強したかったとしてもても、いい大学に行かせるような収入すらない。

それと比べたら私レベルでも信じられないぐらい不自由のない生活だと思う。

2年前引越しをした時に、私はエアコンを窓に設置する時に指を怪我してしまった。
結局8針縫うような怪我で、病院に行かなかったら多分指がくっつかなかった。
幸い指ぐるぐるまきにしてて数週間で治ったけど、
そういうひとたちだったら健康保険がしっかりしてないために病院に行けない。
行っても払うお金がない。お医者さんに行かなかったらその指がどうなるのか
なんて考えたくもない話です。

けど、そういうときに指がもうくっつかないようなひとが実際にいるってことは、
事実なんだ、私にはどうしようもできない、そういうのにすごく心が痛みました。
だってそういうひとたちのほうが、そういう怪我はしやすい仕事をしてることが多いでしょう?
なのに、たとえばそういう時に$3000とかいきなり払わなくちゃいけなくなっても
全然払えちゃうようなひとは健康保険がちゃんとカバーされてるようなことが多くて。

この国は本当に弱者を助けない国だ、と思った。

本当は、年収250,000ドル以上の層なんて、そんな税金カットがなくなっても
路頭に迷う状態とは程遠いしそんな層、はっきり言ってこれだけ経済が悪化してる時には
どうでもいいんですけど。えー、だから?あなたたちは、何が買えなくなるの?みたいな。
新しいジェット機とか?島とか?そもそも家何軒持ってるかだって覚えてないんでしょ?(←マケイン)

それなのに、「頑張って稼いだ金を政府に盗まれる」みたいな考え方をするんだよね。
私はこれが本当に理解できない。本当に自分のことしか考えてない富裕層。
アメリカの40%が所得税払ってないのにトップ5%に全部払わせるのか、とか。
ていうかそれ、、40%が所得税「払えない」状態だって方がおかしいから、、
私より4倍以上の収入のあるようなひとたちが超絶リッチな生活を維持したいからって
苦しんでるひとたちの生活を省みないなんて、私には理解が出来ない。
どこまでも自分達さえよければなんでもいいのか、って、すごく腹が立つ。

私は、高所得者が低所得者より高い税金を払うのは、至ってフェアな話だと思う。
それっておかしいのかな。ねえ。おかしい?
(強いひとが弱いひとを助けるのは、当たり前じゃないの?キリスト教キリスト教言うならさ。
日本で戦後に財閥解体とかして富の再分配したのってアメリカじゃなかった?)

私は頭が狂いそうです。

オバマ氏が勝てたら、この国はまだリンカーンの国だと信じられる。



末にNewport BeachにあるAmerican Rag Cie のフレンチカフェで、朝ごはんを食べました。
Cafe Beau Soleilというそうです。

大学時代にカフェマディ が大好きだった私としてはかなり好みな空間でした。
ひとりで来て読書しながらそがれてても全然大丈夫な感じ。
(スターバックスでもできるけど、、なんか違うんだ。)


パンケーキはオレンジメープルシロップ(右手の青いお皿)で。







チャイティーラッテと好









個人的にはカフェの床がちょっと南仏風?モロッコ風?(全然違う)でかわいいと思った。







American Rag Cie自体は、インテリアとかビジュアル本とかヴィンテージとか
楽しいものがたくさんあって、ラヴリーでした。

そういえば東京のAmerican Rag Cieにはカフェがないのね。

***

ところで東京カイエで友人のAさんが『手放すものと深い淪落』 というエントリを書いてました。

時間を共に過ごすとしたら、本当に気の合った人とだけで、所謂「社交」のようなことはしたくない。
私の職業からしたら当たり前のことに聞こえるかも知れな いが、私はこれまで職種のわりに
「社交的な」日々を送ってきたと思うので、こうした変化は私の中で大きい。一人で食事をするのが
寂しい、自分は個食が嫌い なのだ、と思っていた時期もあったけれど、今は本当に気の合う人
以外と食事を共にするのはどちらかというと苦痛の部類に入る。たとえ、美味しいものを供す
るレストランがあるので、など言われても、一人で普段どおりの食事をする方が良い。
それに私個人の経験では、気の合う人が教えてくれる店しか私の好みの店 に行き当たらない。
つまり、気は合わないが、行ったのは良い店であった、ということはないようである。”

私はどこか静謐なところのあるAさんの感性がとても好きです。
絵画で言ったら、ピカソの青の時代?前から思ってるけど彼女はとても漱石っぽい。
叙情的とか言われたりなさってるそうですが、私から見ると、とても淡々としている。
淡々とした叙情っていうのはあるのか。オクシモロンだ。
(なのにロックンローラーでもある。)

自分の時間をとても大切にして、本当に大切なひとにしか時間をあげないひとだというのは、
社交的じゃなかったとしてもどこも悪くないと思う。余った時間のあまりないAさんだけども
私は彼女がきっと自分に時間をつくってくれる自信なんかもあったりして、
だとすればそういう時間というのは本当に特別な価値があるものに思う。
反対に、私自身の少ない余暇をあげていることにそういう価値をみいだしてくれるひとのことも
私はとても大事に思う。

ちょうど昨日、私はグループで飲みに行って騒ぐタイプの『ノリのいい女の子』じゃないのだ、
という話をボーイフレンドとしていた。自分のそういう性質をなんとなく受け入れたように思う。
若い頃はそうじゃないのをなんだか引け目に感じていたけども、最近、
もし自分が男の子だったとしたら多分自分みたいな女の子とつきあうだろうと思う。
あるいはそういう自分であり続けようと思う。

そのぐらいの健康なナルシシズムも悪くないと思うのです。