出産後私が処置をしてもらっている間
次女は写真を撮ってもらったり
体重を測ったりしてもらっていました。
遠くで寝転んでいる我が子をみて
かわいいな~はやく抱っこしたいなー
って思っていたのをおぼえています。

処置もおわって私は自分の病室へ(^^)
生まれたての次女も服を着せてもらい
私と一緒にお部屋へ移動

早朝から陣痛が始まってお昼には生まれたので何時間かぶりに長女と再開~
まだ1歳5ヶ月だったので
私が赤ちゃんを産んだとか
そこまで理解できてないみたいでした

生まれたての次女はよく泣いていました

長女のときは黄疸があったので
しんどくてあまり泣かず
よく眠っていたので
次女がよく泣いていたのを聞いて
逆に安心していました。
私も疲れていたので少し休もうと思い
看護師さんに次女を預け
パパと長女と部屋で休みました。
数時間がたったのでまた次女が見たくて
パパに次女を連れてきてもらうよう頼みました。
けどなかなかパパは帰ってこず
しばらくして帰ってきたときには
少し調子が悪いので救急車で近くの総合病院に運ばれる、と言いました。
のちのち聞いてみると、
チアノーゼ(顔が紫色になる)がでていたようで、運ばれる前先生には低血糖からのチアノーゼだろうと言われました。
パパとパパの両親は救急車をおいかけて総合病院に向かいました。
私は出産当日であったためもちろん一緒にいくことはできず、部屋でパパからの連絡を待つことになりました。
夜の8時くらいになれば検査も終わりパパからも連絡がくるだろうと言われていたのに夜の9時、10時を過ぎても連絡がありませんでした。
何時になるかわからないので長女は私の両親が家に連れて帰ってくれました。
でも日付が変わってもパパからは連絡がありませんでした。
少しでも眠りたいけど連絡もないので眠れませんでした。
何度電話をかけても通じません。
パパと連絡がとれないのでパパと一緒に病院にむかってくれた義母さんにも電話をかけてみましたが繋がりませんでした。
パパが病院に戻ってきたのは夜中の3時でした。
最初は市内の総合病院に運ばれましたが、そこで検査をした結果、先天性心疾患の疑いがあるとのことで県内の大学病院に搬送されたそうです。
そして大学病院ではたくさんの病気が発見され、帰ってきて私に説明してくれました。
重症の心疾患でした。
次女は産まれた日から県内の大学病院のNICUに入院になりました。
出産翌日、先生に外出許可をもらい1時間かけて大学病院にいる次女に会いに行きました。
オムツだけはいて鼻には管が通って、うつ伏せで眠る次女をみて涙が止まりませんでした。
こんな身体に産んでしまって本当に申し訳なくおもいました。
まさか自分の子が心臓に病気をもって産まれてくるなんて、考えたこともありませんでした。
健康が当たり前だと思って生きてきたもん
最初はすごく辛かったし
なにが原因でこうなったんだろうとか
本当に次女には申し訳なくて
代われるなら代わりたかったけど
NICUに入院してしばらく経って
初めてちゃんとおっぱいをあげたとき
力強くおっぱいを飲む次女をみて
この子はこんなにがんばっとると思うと
この子の生命力を信じてがんばろうと思いました。
産まれてきてくれてほんとにありがとうと思います。
産まれた日から別々の病院になったので
その日から私の搾乳生活も始まりました。
medelaの手動搾乳機も買いました

いまの自分が母親としてできることは
母乳を届けることしかなかったのでがんばりました。
出産から一ヶ月くらいは実家の冷凍庫は冷凍母乳だらけになってました
