Chinatsu's Room

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ひいじいちゃんのことが本当に大好きだった。

うちが生まれてからたった10年、一緒に過ごしただけだったけれど、思い出がたくさんある。



「今日は誰が泊まりに来るんかいのう?」

隣に住んでるひいおじいちゃんはうちらが外で遊んでるといつも笑顔でそう言った。弟も妹もうちも「今日は俺だよ!」「違う、うちらよ!」と言い争いになってた。

そしたらみるみる笑顔になって「そんじゃみんなで泊まりに来い!ごちそうして待ってる」と言った。本当に豪華だった。ひいばあちゃん特製のカレーライスや唐揚げがあった。

ひいじいちゃんはいつものように昔話をした。もともとSLを運転していたことやひいばあちゃんと結婚に至るまでの話など。

うちらは「ひいじいちゃん!SLの話またしてして!」といつも興味津々でひいじいちゃんを中心にして3人で抱きつく感じでいつも寝ていた。

ひいばあちゃんとの結婚に至るまでの話をしていたら絶対に「3人の結婚式に絶対に出るからの」と言っていた。


うちらがもっと小さかった頃は船や新幹線や車などを見せに連れてってくれた。ご飯に連れていってくれた。散歩がてらで公園で鬼ごっこした。ブランコで背中を押してくれた。


お母さんもお父さんもひいじいちゃんにものすごく感謝してたし、尊敬してた。


小4の11月までの土日は絶対にひいじいちゃんとひいばあちゃんの家に泊まりに行って昔話を聞いてた。


けど…
そんな平和な時に。
ひいじいちゃんが肺ガンを患った。

泊まりに言ってた時に胸が痛いし咳が出るんじゃ。何でやろうかのうと言ってたことにうちは聞いてた。

お父さんと一緒に病院に行ってガンを告知されたことを大人だけには話してうちらには教えてくれなかった。

だけどひいじいちゃんはいつもと変わらなかった。

学校でいじめられてたうちの頭を撫でていつも「千夏にそんなことするのは千夏のどこかが羨ましいからじゃ、千夏が気にすることないんじゃないからの」

が口癖だった。誰もいないとこでぼそっと
いうのもひいじいちゃんだった。

死ぬまでそう言ってくれてた。


そして小4の11月にひいじいちゃんは死んでいった。

死ぬ間際に人工呼吸器の中から「ありがとう」と口を動かしていた。それでうちら3人きょうだいが泣き出してひいじいちゃんと何回も呼んだら「はい」とまた口を動かしてそのまま死んでいった。


うちらの結婚式に出るって言ったのに。
いじめられてた時は慰めてくれたのに。

ひいじいちゃんとの思い出が涙と一緒にぶわっと溢れていった。

お通夜やお葬式では泣いて泣いてなかなか立ち直れなかった。そしてうちはひいじいちゃんに手紙を書いた。その手紙はお墓に骨と一緒に入れた。

それからひいじいちゃんの命日と誕生日には毎年墓参り行って、高校・大学受験の時は受かりますようにって毎日お祈りに行っていると本当に受かったwwwwww

死別してもう9年が経った。だけど今でもやっぱり忘れられない。今いろんなことで病んでるけど、ひいじいちゃんの言葉が欲しくなる。


だから今年もお墓参りして天国からのメッセージを頂いてこよう!󾬌wwwwww←


あー、書きながらまぢで泣いたでよ笑
目が充血して泣いてるの妹にバレたwww



では、また。

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