33歳 育児時々マイホーム

33歳 育児時々マイホーム

2016年3月、マイホーム完成♬

4人家族です( ^∀^)

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12月31日(土)

 

入院が決定し、入院先の病院でもまた採血をされた娘しょぼん

 

おそらくどこの病院でもそうだと思うんだけど、子どもが採血や点滴をとるときって、親は診察室の外で待っていないといけないんだよね。

 

ギャーギャー泣き叫びながらママを呼ぶ声が、本当に本当に切なくて・・・涙

ここでも私泣いてしまいました。

 

 

処置が終わって診察室に入ると、いたるところに血が飛んでいてあせる

大暴れしたんだねショック!

それはわかるけど、こんなに血が飛ぶってあり?などなど色々考えてしまいました。笑

 

お気に入りのタオルを抱っこすると、少し落ち着いてきた様子。

 

 

 

病棟へ上がり、しばらくすると先生数人がやってきました。

 

『今日から川崎病の治療を開始します。

川崎病の治療には、γグロブリンという血液製剤を使用することになるんですが、まれに副作用を起こすことがあります。最初は様子を見ながら少しづつ投与して行きます。

入院期間は、通常2週間程度だけど、薬が効かないこともある。そうなると入院が長引き、さらに大学病院へ転院になります。』

 

 

と説明があり、その後すぐに点滴が開始されました。

幸い娘には副作用が起こることはなく、徐々に投与量を増やしていきました。

 

点滴開始から2時間が経過し、娘の熱はどんどん下がっていきました。

他の方もブログなどで書いていましたが、γグロブリンを開始すると本当にすぐ熱が下がるんですよね。びっくりしました。

 

 

合わせて、心臓のエコー検査も行いました。

これが川崎病の本当に恐ろしいところ。

 

放っておくと、冠動脈にコブ、つまり冠動脈瘤ができてしまうのです。

それが心筋梗塞の原因になってしまう。

 

これも後になって知ったことですが、川崎病ってほっとけば治るんだそう。

治るっていうか、熱が下がって蕁麻疹などの諸症状が消え、元気になるってこと。

 

でもね、そうなっても、万が一冠動脈瘤ができていたら・・・

 

考えるだけでも本当にコワイですよねしょぼん

 

 

で、娘の話。

心エコーの結果、冠動脈の太さが、2.7ミリでした。

一般的な乳幼児の太さは2ミリだそうなので、娘は1センチほど太くなっていたようです。

先生に、川崎病の子としての数値は、まあ範囲内と言ってもいいと思います。と言われました。

 

 

 

 

熱が下がったこともあって、この日は娘もわりとよく寝てくれました。

 

12月31日でしたが、テレビを観る元気は全くなく・・・

 

仕事を終え来てくれた夫と夕飯を食べて、(全然お腹すいてなかったけどね)21時には寝ましたぐぅぐぅ

 

 

 

 

男の子息子のこと

この日、私の妹夫婦が迎えに来てくれて、私の実家へお泊まりに行きました。

激甘待遇を受けたのち笑、翌日帰って来ました。

ママがいなくてもお泊まりできた、ということが、大きな自信になったようですにひひ

 

ここまで長くてすみません。

でも、大事な記録なので書かせてください。

 

 

 

12月31日(土)

 

夜中4時頃目が覚め、隣に寝ている娘をさわりました。

 

『あっっっつ・・・・汗汗汗

 

今日こそは絶対実家に帰りたかった。

救急に連れて行くにも今日夫は日勤だから、私一人・・・

息子も連れて私一人か・・・

しかも小児救急センター遠い・・・

微妙に道わかんないし・・・

それにしても熱いな・・・40度超えてんじゃねーのこれ・・・

かわいそうすぎる・・・涙。。

 

 

一人考察した結果『今パパがいるうちに行こう!!』と、小児救急センターへ電話し、診察のオッケーをもらいました。

 

(この時、今までの経過をメモにまとめてきてくださいと言われ、熱と蕁麻疹のこと、小児科を受診した日などを書いて持参しました。このメモが意外にとても役立ちましたので、世のお母様方、おすすめです。)

 

寝ている夫と息子、そして娘を叩き起こし、パジャマのままで出発しました。

(のちに、せめてジーパンくらい履いてくればよかったと後悔。笑)

 

この時の娘の体温は39度台。

でもやっぱりぐずることもなく、『どこいくの〜?』って感じでした。

 

 

 

20分弱で小児救急センター到着。

夫と息子は車で待機)

患者は娘のみだったので、待たずにすぐ診察してもらえました。

 

 

この日の当直の先生は、笑顔でとても感じの良い先生でした。

(県内の大学病院小児科の先生だった)

 

 

持参したメモを見ながら、

 

『うーーん、、、そうかー。ま、いつかはしないといけないからね。』

 

 

と、案外すぐに血液検査をすることに決まりました。

その昔息子を連れてきたときは、めっちゃあっさりだったのに。ま、違う先生だけど

 

私は、また違う薬に変えてもらって終わりかな、くらいに思っていたので、ちょっと驚き。

そして、血液検査とあわせてインフルエンザの検査もしました。

 

 

結果が出るまで5分ほど待ったでしょうか・・・

 

 

再び診察室へ呼ばれました。

 

 

『まず、インフルエンザ検査の結果は陰性でした。』

 

 

あーよかったDASH!一安心。

 

 

『で、血液検査なんですけど・・・。CRPっていう、何か体の中で炎症が起きていると高くなる数値なんですけどね、それがね、10あるんですよ。普通の人は0.1以下とかです。これはとても家で診れるレベルではありません』

 

 

・・・・・え????

 

 

『ちょっとこれはね、川崎病とかも疑って入院治療を考えないといけないので・・・。今日の当番医は県立病院なので、今から行けますか?これから電話しておきますから』

 

ここで、初めて川崎病って言葉が飛び出しました。

軽くパニック。

とりあえず、ちゃんと先生の話を聞かなきゃと、検査疲れで号泣の娘を夫へ預けに行きました。

 

こんなことになるなんて。

入院?川崎病?CRPが10?

もっと早く何かできたことがあったんじゃ?

 

と、涙ポロポロ。

 

 

川崎病は発熱から7日以内に治療を開始することが望ましいとされています。

それを過ぎると、後遺症を残すリスクが高まるからだそう。

 

娘の場合一度熱が下がっているので、起算日をどこにするかで先生方がとても迷っていました。

一番はじめに発熱した25日から、とするならば今すぐに治療を開始しないといけないけど、再度発熱した28日を起算日とすると、もう少し様子を見るべきか・・・

 

 

って感じかな。私が話を聞いていた限りでは。

 

(結果、CRPが10と出ている以上は、ほぼ川崎病を疑って問題ないとのことで、入院後すぐに川崎病としての治療が開始されました。CRPが高値になることも川崎病の特徴みたい。

 

 

 

そんなこんなでずいぶん前置きが長くなりましたが、2016年最後の日、娘の入院が決定しました。

 

 

 

 

 

 

12月29日(木)

 

昨夜は、グズグズで何度も起きていた娘。

7時半頃、先に起きていた夫が寝室へやってきて、

 

『○○(娘の名)がやばいことになってる。』

 

何言ってんの?と、起きてくると、リビングにはいつもと変わらない娘の姿が。

しかし、服を脱がせてみると。。

 

 

身体中に蕁麻疹が出ていました。

 

 

ここ、重要ポイントです。

川崎病の診断基準の一つに、”全身に蕁麻疹が出る”というものがあります。

まさに、娘はそれだったのです。

 

でも、この時の私はそんなこと夢にも思わず。

娘は以前風邪をひいた際にも蕁麻疹が出て、この子は風邪を引くと蕁麻疹が出ちゃう体質なのかもね、と言われたことがありました。

 

今回もてっきりそれだと思っていて、でもすごく痒そうだし、朝一で皮膚科を受診しました。

そして、朝の時点で熱は37度台でした。

 

皮膚科ではかゆみ止めの飲み薬を処方してもらい、すぐに飲ませました。

前回の蕁麻疹はすぐに消えたのに、全然ひかない。

そして、だんだんぐったりしてきた娘。

 

11時頃熱を測ると、39度台へ。

まじか、、、

と、慌ててかかりつけの小児科を受診。

 

 

蕁麻疹が出たことも、熱がまた上がってきたことも伝え、結膜炎の症状が出たことも確認したのに、診断は風邪が長引いているでしょうと。

(その時は、そっか・・・と思っていたけど、今思えば川崎病の疑いめっちゃあるじゃん!!て感じドクロ

 

抗生剤を変えてもらって、蕁麻疹のかゆみをおさる少し強めの飲み薬を処方してもらいました。

 

そしてこの頃から、唇が荒れてガッサガサになっていました。

これも、川崎病の特徴みたいですね。

私は、抗ヒスタミン剤って口が渇くから、そのせいで荒れてるのかなって思ってました。本当大馬鹿ですしょぼん

 

 

 

 

 

12月30日(金)

 

朝から39度台の熱が続く。

蕁麻疹も、昨日よりかは薄くなってきているもののまだ引かない。

 

39度の熱がある割には、水分もしっかり取れているし機嫌もそこまで悪くなかったです。

(これも川崎病の子に多いらしいんですよね。そこまでぐったりしない、みたいな)

 

 

あ、余談ですが、息子は風邪がうつるといけない(風邪じゃなかったけど)から・・・と、義実家へ避難させておりました。

 

 

夜になっても熱は下がらないし、蕁麻疹も引かない。

処方してもらった薬はちゃんと飲んでいる。

熱のせいか、さすがに寝苦しそうだったので、21時頃座薬を入れました。

 

 

そして、そのまま私も一緒に寝てしまいましたぐぅぐぅ

 

 

 

 

12月26日(月)

 

昨夜は熱でぐずることもなくぐっすり寝てくれ、朝には熱も37℃へ下がっていました。

娘は普段からとても強い子で、大きい病気どころか滅多に熱を出すこともありませんでした。

(この過信がいけなかったんです。猛省。。)

 

この日も、さすが娘!!と思い、それでももう年末年始に入るし、小児科は行っておこう。と、休みだった夫に小児科へ連れて行ってもらうことに。

 

そしてその時に。

目が充血していますね。風邪からくる結膜炎でしょう

 

と、風邪薬と抗生剤とあわせ目薬の処方が出ました。

 

 

ここ、重要ポイントです

川崎病の診断基準の一つに、『両目が充血している』というものがあったのです。

 

でも、風邪からくる結膜炎だって言われれば、いやいや、川崎病ってこともあるじゃん?とはなりませんよね・・・。

私は全くなりませんでした。

 

その夜は、普通に元気もあったし、熱を測ることもしませんでした。(ダメ親ですね)

 

 

 

 

12月27日(火)

 

この日も夫が休みで、息子の幼稚園も冬休みに入ったので、どこかにお出かけしようかとも思ったのですが、あいにく外は雨雨

みんなで大掃除をして過ごしました。

 

娘はいつも通り元気でした。

でも、私は熱を測ることもしませんでしたので、本当は具合が悪かったのかもしれません。

夜はぐっすり寝てくれました。

結膜炎の症状も、そこまで気になるほどではありませんでした。

(目薬と風邪薬は、飲ませていました)

 

 

 

12月28日(水)

 

朝から、息子の幼稚園のお友達と遊ぶ約束をしていました。

娘も、朝はいつも通り。

 

でも今になって思い返すと、娘も楽しみにしていたのにランチも残すし(普段はすごくよく食べる子です)機嫌もあまり良くなかったように思います。

 

そして夕方家に帰って来て、なんだか様子がおかしいので熱を測ると39℃台の発熱。

 

 

本当に気づけなくてごめんね。。

 

 

 

川崎病と診断されたのは、12月31日のことでした。

でも、その日いきなり具合が悪くなったわけではありません。

 

川崎病は、その診断基準の一つに『発熱が5日以上続いていること』というものがあります。

 

娘がまず熱を出したのは、12月25日でした。

そうクリスマスーしょぼん

この日は、私の友達が遊びにきてくれていて、お昼過ぎ頃から娘の様子がおかしいのは気づいていたのですが、

 

お友達の前で熱を測るのもな・・・あせる

 

と、お友達が帰った午後4時くらいに熱を測りました。

(本当ばか親ですね。。わかっていますので、お叱りはご容赦ください)

その時点で39.2℃ダウン

 

この前の週に息子が風邪で熱を出していたので、うわ、時間差で来たか・・・と思っていました。

 

 

 

 

川崎病とは、、、、

 

おもに乳幼児にかかる全身の血管炎症候群。主に中型の血管が全身性に炎症を起こすことで、発熱、発疹、冠動脈病変など様々な症状を惹き起こす。小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群: MucoCutaneous Lymph-node Syndrome, MCLS)とも言われるが、世界的に川崎病 (KD) が一般的。

1961年日本赤十字社小児科医・川崎富作が患者を発見し、1967年に報告し名づけられた。病名は、発見者である川崎富作にちなむものであり神奈川県川崎市川崎公害川崎医科大学とは無関係である。

 

(ウィキペディア参照)

 

 

川崎先生という方が発見されたので、川崎病と言うんですね。

(しかも、この方まだご存命)

私の周りでも、その昔社会の授業で出てきた公害を連想する人多かったです。

 

かく言う私も、ひよこクラブなんかで名前だけは聞いたことがあったものの、どんな病気なのか全く知りませんでした。

 

川崎病について調べていくと、色々難しいことがたくさん書かれています。

私なりに解釈しまとめると・・・

 

 

1、この病気は、原因不明である。

2、放っておくと、冠動脈瘤が発生し、心筋梗塞を起こす危険がある。

3、早期治療がとても重要。(発熱から7日以内に治療を開始することが望ましい)

4、この病気は感染するものではない。

5、原因不明だが、治療方法は確立されている

 

 

大きくまとめると、こんなところでしょうか。

私も今になってこそこんなに冷静に綴ってますけど、最初はもう本当にパニックでしたよ。

でも、何より安堵したのが、治療方法は確立されているということでした。

 

 

 

ずいぶん久しぶりにブログを書きます。

 

娘(が、生まれていました。平成25年のことです)が、昨年末に入院し、先日退院しました。

 

病名は川崎病です。

 

 

私は、恥ずかしながら川崎病を知りませんでした。

(いや、ひよこクラブとかで名前くらいは聞いたことあったかな・・・)

 

 

娘がこの病気になってから色々調べていくうちに、同じ川崎病のお子さんを持つご両親たちのブログを見つけました。

そして、とても勉強になり励まされました。

 

川崎病は、年々患者数が増加している病気です。

今後もし、ご自分のお子さんが川崎病にかかった時、少しでもお役に立てたらとの思いで、記録を残そうと思います。

 

 

 
大安だった昨日、地鎮祭を行いました。

お天気にも恵まれ…晴れ
本当に恵まれ…晴れ晴れ

もう、みんな溶けかかってましたドクロ

工務店の方から、『雨よりかはいいと思いますよ』と。確かに、雨も大変そうだね。
でも、真夏の地鎮祭もけっこうキツかったです。笑


そして、当日の様子はこんな感じ。

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我が家は夫の実家が神社なので、地鎮祭にかかるものすべて自分たちで手配しました。
お祓いもお義父さんにお願いして、竹も神社に生えてるものを夫が自分で切ってきて設置しましたニコニコ

地鎮祭にかかる費用は少しおさえることができたかな。と言っても、本当微々たるものですけどね…汗


地鎮祭のあとに、ご近所へ挨拶まわりに行ってきました。
挨拶まわりと言っても、今回はほんとに近い方のみにしました。
完成し入居後は、もう少し広い範囲をまわろうと思います。田舎なので、地区?みたいなものにも入らないといけないんですよね…。よくわかりませんが。
この辺は夫に丸投げです。笑


今回わたしが用意したものは、ご近所の方にお渡しするお茶菓子と、すごく暑い日だったので、飲み物はクーラーボックスに入れてたくさん持っていきました。


そのくらいかなぁ??

神饌(お供えもの)は、お義母さんが用意してくれると言うのでお願いしちゃいましたべーっだ!


今は地鎮祭をやらない方も増えてるそうですが、わたしたちは地鎮祭をしたことで気持ちも引き締まりましたし、これから頑張ろう~!と思えましたアップ


だーーーいぶご無沙汰だった(と言うか、放置。笑)このブログ。

マイホーム記録としてまた再開しようと思いますニコニコ


読み返してみると、まだ赤ちゃんだった長男はもう4歳!!今年から幼稚園に通っています音譜
そして、2013年7月には、長女が誕生しましたドキドキ

こう思い返すと、引越しもしたしマイホームも決めたし、3年の間に色々あったなぁ、、、
これからも楽しい思い出ができますようにラブラブ

さて。マイホーム記録、頑張って続けよう~笑
今日、初めて息子を託児所へ預けてきました。


本当は、20日までに1週間くらいならし保育をさせたかったけど、ちょうどお盆休みが重なってしまい……

二日間だけど、ないよりはいいよなと思い、お願いしてきました。




オリエンテーションの時は、ママがいたからかひとりで輪の中へ入っていったけど、今日はもう、ギャン泣きガーン




やっぱり何か察したのかな?


そんな息子をみて、わたしもパパも涙ちょちょぎれました。。





ママもお仕事頑張るから、息子、頑張ろうね。





最後に、通園カバン☆




アローズで買いましたニコニコ

ミッキーが可愛いラブラブ


C.C.レモンのおまけの、バルタン星人もつけちゃいましたにひひ








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