タイトル…











ヤバいはてなマーク笑い泣きあせる




ヤバかったら言って〜あせる変えるから。←たぶん(笑)








誤解を生まない為にも
先に言っときますが、

この世に愛犬を手放して良い理由なんて


一つも存在しません。





急な転勤、引っ越しで、、、

知らんがな。真顔



離婚して、、

知らんがな。真顔




アレルギーになって、、

知らんがな。真顔



病気・親や家族の介護で、、

知らんがな。真顔







経済的に厳しくて、、

知らんがな。真顔





シツケが上手くいかなくて、、

アホですか?真顔






大きくなりすぎた・飽きた・老犬になった、、

クソ人間ですか?真顔









世の中には

愛犬を手放すことに何の抵抗もない人間もいるし

クソ人間もいるし

本当に止むに止まれず。な理由を持つ人もいる








どちらにせよ
犬達からしたら、
信じた飼い主から裏切られるのに
納得できる理由なんてただの1つも無い







ましてや
殺される、殺して良い理由なんて
絶対にない








それなのに、
毎日あちこちで数え切れない程の犬達が
『しょうがないんだよ。』の一言で
ワケも分からないまま捨てられていく








その命を必死に繋いでいく人も沢山いる







けれど、
きっとこれから先も
飼い主から手放される犬達を
減らすことは出来ても
きっとゼロにはならない








今や
犬の寿命はどんどん伸びて
20年近く共に生きることも少なくない






愛する我が子と
1秒でも長く共に生きたいと思うのは
愛犬家なら誰もが抱く願いだけど






正直、
それ程の時間を絶対に確約することは誰にも出来ない








わたしだって
もしかしたら明日

突如、辞令が出るかも知れない

病気が見つかるかも知れない

事故にあってしまうかも知れない

それこそ、
大災害が起きてしまうかも知れない
:
:




例えどんな状況だとしても

『ルチアとランを手放さなければならない』

なんて事になったら
きっと、自分を保っていられない







でも、未来は誰にも分からない








だからこそ!





愛する我が子を守る為には
今、自分が健康だろうと
まだまだ若かろうと
万が一、自分に何かあった時の為に


自分以外にもしっかりと
愛犬を見届けてくれる後見人を見つけておくべきだし

死にものぐるいで
里親さんを探すべき









そして、
もし、他の誰かの手に愛犬を委ねたとしても
一度家族として迎えた
愛犬のその最期を見届ける責任は、
決して無くならない。









先代わんこ、リボンを里子で迎えた時
リボンの1番最初の飼い主さんと
2番目の飼い主さん


どちらのご家族も、
リボンを引き取ってから
最期の時まで
ずーーっと連絡を取り合い


こちらから
今の様子を伝えれば、
いつもいつも
『リボンを愛してくれて、ありがとうございます。』とお礼を言われ、


若かりし頃のリボンの話、
リボンのクセや思い出をたくさん教えてくれました。




リボンの死期を予感した時も
その時をどういう形で迎えるか
共に話し合い
最後の最後まで
リボンのことを気にかけてらっしゃいました。


リボンの1番初めの飼い主さんとは
一度も会ったことはありませんが
リボンに対する心からの愛情は
やり取りを通じでしっかりと伝わってきました。


この飼い主さんと知り合えたこと
リボンを迎えたことに
今でも感謝してます。








しかし、






今いる、ランの前飼い主さんとは
ランを迎えてもうすぐ一年になるけれど
引き取って以来、
ただの一度も連絡をしていない。


前の飼い主さんが
今後も飼い続けることが出来ない状況に陥り
ちゃんと里親さんを探してくれたから
今、我が家で共に暮らしてるラン


前の飼い主さんは
わたしを信頼して
『幸せにしてくれてる』と信じ切ってるのかも知れないし、
前の飼い主さんの全てを否定する訳じゃない。








けれど、

もし、わたしがランを手放していたら?

もし、あの時ランを引き取ったのが
わたしではなく

悪徳繁殖業者だったら…?

虐待をする人だったら…?

保健所に連れてく人だったら…?







他の誰かに委ねた愛犬の現状を
一度も確認しないというのは
愛犬が幸せに暮らしてるかどうかも、

ましてや
生きてるかどうかも知らない(知ろうとしてない)ということ。








それは、
飼い主として
愛犬の最期を見届ける責任を果たしてないということ。








リボンの前の飼い主さんも
ランの前の飼い主さんも
どちらも
愛犬を手放したという事実は変わらない





けれど、
その後まで飼い主としての責任を全うしたか、
してないか。は、大きな違い









でも、そうじゃない?

もし、愛する我が子を
どうしても、どうにもならない理由で
身を引き裂かれる思いで、他の誰かに委ねたとしても

毎日毎日、我が子が本当に幸せに暮らしてるかどうか。
悲しい思いをしてないだろうか。
ちゃんと愛されてるだろうか。

気になって気になって、仕方無いと思う





わたしだったら、
死ぬまで、毎日、毎時間、毎分、毎秒でも
常に今の様子を教えて欲しいって思うもん。








でも、その想いが
犬を家族として迎える
ということ







犬達は
たとえ飼い主がクソ人間でも
愛してくれる人でも
心の底から飼い主を信頼し、
決して愛することをやめない








真の愛犬家なら
その心を最期の時まで
裏切ってはいけない