「子どもが志を持っていないが大丈夫か?」と

心配される小学校低学年の親御さんから

時おり頂く質問への回答のつづきです。

 

基本的に、心配する必要はないと思います。

 

では、志はなくてもよいのか?

 

ということですが

あるに越したことは

ない、です。

 

 

親、教師の立場からすると

子どもに機会あるごとに問いかけ

考えさせるきっかけや環境を作り

体験機会を与え、偉人の伝記を読んで聞かせる

自身の職業観等の共有

自分の背中を見せること等で

子どもに学ばせるということは

必要かなと思います。

その積み重ねで子どもの中に

将来自分が○○することで

世の中の役に立ちたい

という志が育ってくるのだと確信しています。

 

つまり、蒔かぬ種は生えぬということ。

 

実際、高校で長年担任として子どもたちに関わり

子どもたちが自分の希望の進路を叶えられるように

私が日々取り組んでいたことは

「あなたは何をしているときが楽しいの?」

「将来どんなことを仕事にしていきたいの?」

「高校卒業後はどんな進路を選びたいの?」

このような質問を繰り返し

考えさせることでした。

 

考えたことがない生徒には、

考える機会を与え、調べ方を教える。

 

また、自分の仕事をとおして得られる喜び、

好きでしている仕事でも辛いこともある等

自分がどうしてこの仕事をしているのか

どんなところにやりがいを感じているのか

そんなことを伝えてきました。

 

もちろん、我が子にも同様です。

 

そうして、多くの生徒達は

自分の将来を迷い、考えながら

選び進んでいくのです。

 

子どもは、それぞれ様々な体験をとおして

それぞれのタイミングで

自分が人生で何をして行きたいかについて

気づいていきます。

 

それは、大人にも難しいことで

いまだに迷っている人も

いるのではないでしょうか?

 

自分ができていないことを

子どもにできるようになれと

強制するのもなんかおかしな話ですよね。

親も一人の人間として

迷いながら進んでいる姿を見せることも

立派な背中の見せ方ではないでしょうか?

 

 

親や教師にできることは

子どもに考えさせる

きっかけや考える種を与えること。

そして、自分の生きざまを見せる。

基本的にそれだけです。

 

その気づきのタイミングが

たとえ大人の意図する

タイミングどおりでなかったとしても

子どもを信じて待つことです。

必要な時間とタイミングは

子どもによって異なるからです。

 

 

高校を卒業して数年経った教え子たちに

街でばったりあったり

教え子が連絡をくれることがあります。

高校卒業時には

勉強をしたくないから就職を選んだ教え子が

自分がやりたいことを見つけたり

勉強の必要性を強く感じ大学に入りなおした

ある資格試験の勉強をしている等々

 

その子のタイミングで

思いもよらぬ

成長を遂げていたりすることは

しばしばです。

 

そのためにできることは

子どもに考えるきっかけと材料を与え

先を生きる大人として自分の生きざまを見せ

子どもを信じて待つことです。

 

熟成するのをじっと待ちましょう。

きっと楽しみな時間が増えますよ。😎