紙だけの夫

別居6年目。

たまたま夫と話することがあり

「彼(息子)が大学入る時くらいに、私も院の後期課程に進んで、そのまま研究できればと思う」

と伝えた。

夫的に

①自分のステイタス(妻はすごい人で、その夫なんだ)

だと感じたのか 

②また言ってる

と思ったのか

「すごいね!!さすがだね!!」

と言い始めた。


そして、私の母校の大学をあげ

「◯◯大学?」

というから

「◯◯大学が1番いいし、今はまだ先生もいるけど。でも△△大学、◼️◼️大学も考えてる、現実的にはね。でも、ツテがないから、しばらくはどこに行けるかツテ探しからかも。」

と言うと

「◎◎大学もいいんじゃない?」

と言うから

「無理無理、したいことが違うと思う。でも、どこで私の研究をさせてもらえるかわからないから、しばらくは探すしかないよね。」

と、私が本格的に探し始めていることを察したようで。

夫は何を考えたのか。

不明。


6年も別居。

別居生活が楽すぎる。


息子的にも慣れてきたみたいだし、なぜ別居しているのか彼なら理解できると思う。


なんだかんだ彼は賢いし、空気が読める。

夫と私の違いも理解している。

夫は…よく言えば古風。

昔の考え方であったり、自分の考えを押し通す。

私(息子の母)は、良くも悪くも現代風。

他人は他人、自分は自分、良くも悪くも自由。

だから、令和を生きる息子的には、自由な母の方が自分を出しやすい。

例えば、ちいかわが好きとか。

息子的には、お父さんは「男は男らしく!」だから、ちいかわが好きなことは受け入れてもらえない。

と言う認識があるようだ。


例えばだけど。


だから、母はいろいろ悩みがあるけど、自分の気持ちをそのまま包まずに、ぶつけられる。

父は、同性だから、男の気持ち(裸だとか筋肉だとか)はわかってくれる!

と、使い分けているようである。


ちなみに、母は使い分けは大切な力であり、生きる力だと考えるので、別になんとも思っていない。

お父さんさんといるからお父さんの空気に合わせる、だとか、そう言うのは当たり前だと思っているから、母はなんとも思っていない。


今回の話も、チラッと息子は聞いていたが、前期課程や後期課程の違いなんてわかっていない。

ただ、お母さんは研究がしたい、まだまだ勉強したい人なんだなぁくらいだろう。


それでも、息子の刺激になればいいと思っているし、私の夢(やっぱり今も忘れられない)が叶える機会になれば、それでいい。


やっぱり研究がしたい。



実は後期課程で入学したい。

昨年から再び蘇った思い。


もともと後期課程も行きたかったけど、金銭的に難しいことと、当時は生ぬるい考えだったことから、辞めた。


あの時、もう少し熱心に研究していたら、もっともっと情熱があれば、また私の人生は変わっていたのかもしれない。


だからと後悔ばかりではない。

その後は出会いに恵まれた。

いろんなことをさせてもらえた。

だからこそ、今の私がある。


ただ…

今ならあの頃とは違った視点で研究できるかもしれない。

今なら違った切り口で学びを深められるかもしれない。

ひらめきや思いつきが、あの頃とは全く違うと思う。


じっくり腰を据えて、丁寧に研究を進められるかもしれない。


そんなことを考え始めて1年。


なんらかのタイミングで、再び母校の大学に通えないかなぁ…と、今はただただ考えている。

青春18切符で、北か南に移動したい。


鈍行でゆらゆら揺れながら旅をしたい。


北に行くか

南に行くか


悩むところだが…


途中下車しながら


うん。

いつ行こうか…


年末年始か!?


年越しかねてしたい


それが今の1番やりたいこと