私の主人は自分の両親とよく喧嘩をする。
小さい事から始まってもそれは究極までいく。
最終的には
「そんな親は自分にはいらない」
「自分の人生は辛いことばかり」
「よくしてあげたいと思ってるのに返ってくるのは苦しみだけ」など、結構な言葉を両親にむける。
一方で私は自分の親とこんな喧嘩をした事がなかった。はじめて主人と両親の喧嘩を聞いた時びっくりして
「親にそんな事言っちゃダメだよ」とか
「傷つける言葉を言うべきじゃない」と諭してたんやけど最近は客観的に見るようになった自分がいる。
なぜ主人はこんなにも攻撃的に怒るのか…と。
本当の所は当人にしかわからないけど、主人の話を聞いている限りでは彼の人生で自分で選択して決めた道があまりにもすくなかった事に原因がある気がする。
私と主人が出会ったのは主人がまだ大学生だった。
はるばるスリランカから日本の大学に勉強に来て立派だなと私は感じていたけど、実際の所は主人はものすごく苦しんでいた。
本当はこんなに苦しんでまで勉強をして何の意味があるかわからないとも口にしていた主人。
ただ、この日本の大学を卒業することで両親が喜ぶからそうすると。
その上奨学金なしで来ていた事もあり、大金を払っている親に申し訳なさと、そこまでしてもらったんだから自分は絶対に大きくならなければいけないというプレッシャーの中にいたように思う。
大学の夏休みに長期休暇でスリランカに帰った時に
もう大学を辞めたいと言った事もあったらしい。
鼻血がでるほど勉強し、慣れない異国での暮らしでたくさんのストレスに潰れていたのかもしれない。
そういえば、日本に来てはじめて自由があったとも言ってたな。
大学に入学するまで、スリランカではほとんど遊びに出た事がなかったらしい。修学旅行や、卒業パーティーにも両親からとめられ行かなかったと。
嫌じゃなかったの?って聞いたら
「別に。そのかわりに欲しいものを与えてくれた」と言った。彼には他人とのコミュニケーションがうまくとれていなかったのかも知れん。
日本の大学で過ごす中で、自分に自信が持てずに
自分の価値が見出せずに
「なんで、自分を産んだのか」
「なんで自分はこんなに醜いのか」と両親を責めた時期もあったらしい。
自暴自棄になっていた主人に両親が
「そんな息子ならいらなかった」
「お前が出てきたことが間違いだった」と言われた事もあったと聞いた。
私から見た今の主人の両親は
子供をきちんとした道に歩かせたいと思う親心あっての事だったと感じる事はできる。
だけどもあまりにも子供をコントロールし過ぎた所もあったんやろうなとも。
そして我が子に「産まれた事が間違いだった」というのは絶対に言うべきでないと私は思う。
この言葉で私は子供を思い通りにしたいという親のエゴを感じてしまう。
のちに、主人は「自分の親はもういらないし、人生ももういらない」など、究極を両親に言い放つ。
こんな言葉を聞いたら
「おいおい、喧嘩は勝手にすればいいけど私と息子はどうなるんや」と怒りが湧いてきてたんやけど。
この究極を言う喧嘩もすぐに何もなかった日常に戻るからな。笑
なんじゃこりゃ。
ただ、ひとつ言えるのは主人の両親は子供を愛しているし、主人も両親が大切だということ。
主人がよく言っている。
良い旦那になりたい。
良い父親になりたい。
良い息子になりたい。
そう願って眠るって。
彼が目指している所が大きい分、彼は自分で苦しめている事も多い。
ただ、それを私がどうこういってもその怒りをすぐなくす事は出来ない。
根本的に彼の問題であり、彼の親との関係性の問題やと思う。
自分に選択肢がなかった分、うまくいかなかった時は誰かのせいになり、怒りがこみ上げる。
主人の親にも間違いがあった。
でも両親らも自分と全く違う人間なんだと。未熟な所があったんだと彼が受け入れられる日がくるやろうか。
そこが解決しない限りこの喧嘩はエンドレス。
全ては自分の選択である。
この根本を私は忘れないようにしたい。
お互いが依存せず1人の人間として、距離をおけたら
もっとうまくいくような気がする。
ただ、私が彼の考えを変えるのはムリ。笑
まだまだ色んな経験をして、彼自身が変わっていくのを見守るのが私の今の役割なんやと思う。
と、自分に言い聞かせる。笑