なんだかモヤモヤしていたのでブログを書きます。国語力が無いので、不自由な日本語ですがお読みください。
すこし政治的な話にも近いので後々消します。
英会話で知り合った中国人の友達がいます。
彼は本土の方出身です。
仲良くなってから
中華料理を振舞ってくれたり
色んなご飯屋さんに連れてってもらったり
とても親切にしてもらっています。
冗談も言い合える仲なのですが、
いつも歴史の話になると
ちょっとした言い争いになります。
個人レベルでは、とても気の合う人なので
ずっと仲良くしたいとは思っています。
話がすこし変わります。
個人的な話で恐縮ですが
わたしはどちらかというと
歴史は好きじゃなくて
実際のところ
国によって事実の見方が違うし
その国で教わった歴史の内容も
歪曲された可能性を否定出来ないから
深く入り込んでも自分にとって必要なのか判断できないと思ってます。
ならば、
過去の歴史をあーだこーだ言うより
前に進むことを考えたほうが
人生豊かになると考えています。
実は
私の父は少し愛国的な思考のある人でした。
近隣の国のニュースをみてワーワー言ってる姿を目にしたことはありますが、
一度も愛国的な思考を押し付けられたことはありません。
父はいつも
「知りたかったら私に聞くのではなく自分で調べろ」と言いました。
無論私は
今まで知りたいと思うことは一度もなく
そのまま社会人として生きてきました。
話戻ります。
中国人の友達が英会話の授業で
同じクラスメイトのおばさんから
習近平についてどう思うか?
と聞かれたそうです。
(そんな話を聞くおばさんもどうかと思いますが)
彼は
私は答えられないが、
嫌味で外国の軍隊が自国にいるのはどうかと思うと言ったと言いました。
そこからどんどん愚痴がエスカレートしていって
天安門は実際そんなに人死んでないし
広島の原爆もそうでしょ?
と私に言ってきました。
私はそれはちょっと酷いよと言って
少し言い争いになりかけました。
歴史のことは詳しくなくても
広島の原爆について
人がそんなに死んでいないとか
そんなレベルのものじゃないと
日本で教育を受けてたからそう思ったけれど
中国人の友達の認識は全く違いました。
原爆ドームの歴史資料館は
だいたいの関東の学生が修学旅行等で
訪れる場所。
その資料を細かく読まなくとも
被災された方々の苦しみが
どんなに大変なものか想像はできます。
私が小学生の頃、
6年生が修学旅行で広島の原爆ドームに行くので
それに合わせて全校生徒が必ず折り鶴を折って
6年生に持って行ってもらっていました。
どんなに原爆が怖いものなのか、
小学生の頃から教わってきたつもりでした。
日本が行った戦争が善なのか悪なのか
今この時代に生きていて討論する気はありません。
ですが、
広島の原爆で亡くなられた方が少ないとか、多いとかそういうレベルで話すべきことではない気がしてならないのです。
中国人の友達に
それを理解してほしいとは思いませんでした。
言っても分からないだろうと思ったからです。
むしろ
私に何ができて何を海外の方に言うことができるのか、訳が分からなくなりました。
日本人として育ってきて
歴史というものをどう他の国の人と話せば良いのか。
違うと思っても、論破されることが多くて
何が本当の歴史なのかわからなくなります。
日本は良くも悪くも
そこまで私見が入っていない歴史教育のような気がする。
私の担当の先生たちは
日本が悪いとか、良いとかそんなことを
教える先生はいなかった。
お隣の国はどうやら
反●教育で私見がバンバン入ってそうな気がしますが…笑
グローバルで活躍したい
そんな野望が私にはありますが
タブーとされている
宗教、政治などの話をしなければならない時は
出てきてしまうと思う。
その時にいったい私は
日本人として何を言えるだろうか。
それとも日本人としてではなく
世界中の1人として何かを言うべきなんだろうか。
中国人の友達が
日本人は何かを言われても黙ってる人が多い
だから馬鹿にされるんだと
言っていました。
一理あるな…と思う反面、
だからこそ、旅行に行った時に日本人というだけで喜ばれたりするんじゃないかなぁとも思ったりしました。
(もちろんいいカモとして、喜ばれてる意味じゃないですよ笑)
歴史という史上最強な問題。
大人になってからもう少し学んでおけば良かったのかなぁと思ったりしたのでした。
やむ終えず歴史の話になったとき
一体全体皆さんは
どんなレスポンスをするのでしょうか…。
そんなことを思いながら
ブログを書きました。
結論はなくダラダラブログですみません!
意味が分かりづらいところも
あったと思いますが
最後までお読みいただきありがとうございました。