今では家の片付けを楽しんでやってるけど、

 

子どもたちがもっと小さかった時。

 

子どもたちのことだけでも大変なのに、

いろんなことを引き受けすぎて

家のことに全然手が回らなくなって、

家もぐしゃぐしゃ、ご飯も作れない。

みたいな時期があった。

 

その時も、1日の最後に片付けはするけど、

それはパパに怒られないようにするため。

だった。

 

家のこともちゃんとしないで、

何やってんだって思われないように、とか、

不機嫌になって怒られないように、とか。

 

相手を思って。じゃなくて、

100%自分が怒られないために、

掃除してた。

 

だから、すごく苦痛だった。笑

 

パパは片付けが上手で早い。

だからすごくやってくれるんだけど、

 

パパが片付ければ片付けるほど、

「お前がやらないから俺がやってる」

って言われてるようで苦しかった。

 

パパは、私が大変で手が回らない分を

手伝ってくれてただけで、

私が楽になるようにって思って、

ずっと手伝ってくれてたらしいんだけど、

 

この私の脳みそとの違いに震える。

 

何度か、「楽になればと思って手伝ってる」って、

言葉にして伝えてくれてたのに、

私の耳には全然入ってきてなくて、理解できず。

 

ずっとその気持ちを受け取れずにいたんだけど。

 

怒られるから掃除する。をやめよう!と思って、

掃除っていう頭から、

私はどんな家に住みたい?っていう頭に切り替えて、

ここをどうしたいかな?って考えてやってみた。

 

一つ一つ。できるところから。

「怒られる」にフォーカスしないで、

「私はどうしたいかな?」にフォーカスする。

 

そうすると、

自分のお気に入りの場所が増えていく。

気持ちいい家になっていく。

物の場所が決まってくるから、

片付けも早くなってくる。

掃除が苦痛じゃなくなってくる。

というループに。

 

そしたらね、

パパが掃除してくれる時、

あれだけざわざわしてた気持ちが、

ピタッとやんで。

 

素直に、ありがとうって、

思えるようになった。(びっくり!!!)

 

自分もやってるしねっていうのも

あるのかもしれないけど。

責められてるような感覚が消えた。

 

部屋を整理する時にもその変化は感じて。

 

これまでは「怒られないために」だったから、

フォーカスするところが違って、

片付けてもなんかしっくりこない!私が。

 

私だったらここをどうしたいかな?

っていう発想は皆無で、

 

どうしたら整理できるか。で、

整理整頓の雑誌を読み漁って、

それっぽく収納してたの。

 

そしたら、いまいちなわけ。

やっつけ感がある。笑

 

自分でもいまいちだなーって思うんだから、

パパだって、なんだこれ?ってなる。

 

「ここ、こうじゃなくない?」みたいなことを言われると、

私整理整頓得意じゃないのに頑張ってやってるのに!って、

完全に私が主体じゃなくて、やらされてる人のセリフだよね。笑

 

でも、

私はこをどうしたいかな?って思えるようになったら、

全然違うの。整理の仕方が・・・!!!

 

こうしたいな、こうしたら良さそう、が、

どんどん湧いてくる。

 

やらされてる感でやってた時は、

必死に雑誌を探してたのにね。

 

それをコツコツやっていったら、なんかよくなってる・・・!

パパも、いいねって言ってくれるし・・・。

 

たかが掃除なんだけど。

気付きがいっぱいありすぎて。

 

ただフォーカスの違いってだけじゃなくて、

私はやっぱり家をおろそかにしちゃいけないなって思ったし、

「怒られる」の根源は、「何もやってないから」だと分かったし、

小さな家事でも、やればやるほど、できた!って思えて、

自分を責めることがなくなるし。

 

それで家も快適。みんな快適になるんだから。

それは最高。

 

この夏休みをかけて、やってきた部屋づくり。

まだまだ完成にはならないけど、

引き続きやっていこうと思う。

 

今度はどんな気付きがあるか楽しみ。