最近、様々なハラスメント、〇〇害という言葉が溢れている気がする


イヤな事にイヤだ!

と声を上げる事は大切なのだけど、いかんせん日本人はそれが苦手で、主張する事に慣れていないからこんな事になっているのかな?(ん?これはレイハラかし

ら?)


イヤな事はイヤと言う

それ自体は凄く大切で、言わないと伝わらないし自分を知れないし、相手の事も知れないから、もっと尊重され、意識されて良い言葉だと思うのですが


「イヤだからこうして!」


と相手に強要を求めてしまうと、それはただの強要になる

と言う線引をしっかり引く事が重要


昨今の〇〇ハラ、〇〇害、の多くが強要とセットに感じてしまうのはそのせいなのかも


例えば「香害」

香りに敏感で、特に科学香料を嗅ぐと気分が悪くなってしまう


気にならない人には全く分からない事なので理解は出来ないけれど、そう言われたなら大半の人は

「そういうもんか」

と受け入れ、その中から

どうしたらいいかな?と寄り添う人もいれば

近づかないでおこう

と距離を取ったり思い思いの配慮なり行動を取る事でしょう


ただ、一定数反感を覚える人もいるのが世の常で

「めんどくさい、面白くない」

という理由で非協力的な人はいる


7割の人は協力的、2割は無関心

1割の確率で嫌がせを受ける


9割の理解、周知を図れても

その1割によって2次被害が起こる事で複雑化するのだけれど、そうしてその1割にフォーカスしてしまう事が歪んだ配慮の強要の生む要因なのではないでしょうか?


大切なのは

知ってもらった上で

相手がどう動くかは相手に委ねるという事


知った側は

どう捉え動くかを考える事


それが思いやりってもんじゃないでしょうか?


その一番大事な部分をすっ飛ばし

さも、配慮ができない人は悪!

被害を被る私!


そんな「加害者」と「被害者」という役を立てるのは簡単で分かりやすいけれど、結局は誰も救わないし、周知、理解どころかお互いの溝は深まるばかり


主張は、自分を守る盾

武器にしてはいけないんだなぁ