自分が自分である精度があがっているといいな。その欠片は今までの小説の中にあったって気づいて、笑ってしまった。続きは載せません。
世界が終わってからどれくらいたっただろう。僕は唇で息をしながら、群青の奥深くで水に漂って、光が降る音を聞いていた。しんしんと耳に積もって、まるで雪みたいだと思った。灰色の空から降る白い雪が、海に解けて、光の泡になって僕の目の前に降りてくる。指先でどうにか触れようとするのに、僕の身体は身動きができなくて、ただ、その音を聞いているだけだ。さわれないよ。上か、左か、奥か、過去か、熱も平衡感覚も、何もかも失くして、やがてその雪にずずず、と引き寄せられる。次の瞬間、僕は消えてしまった。目を開く。ああ、僕は雪が好きなんだ。なにもかも失った感覚で、その事実を知った。ぐるぐるぐると、渦がどよめいて、それでも海は僕を閉じ込めたまま。雪は降っていた。白くて、きらきら光って。そのうちに、群青の中に熔けた白は、色を失くして透明になって、僕の唇に吸い込まれていく。ぶくぶくと泡になって、目の前を広がって行って、それでも言葉にはなれなくて。悲しくなって、涙が溢れた。どうして、世界は終わってしまったんだろう。どうして、光が、降っているんだろう。
僕の昔の名前は覚えていないけれど、朝陽が綺麗だったことを覚えている。冬の寒い日だった。公園で枯葉を踏みながらベンチまで歩いて行って、空いていたグレーの場所に座った。鞄の中から角ばった小さな本を取り出して、手の平で包む。陽射しは柔らかくて、身体中に栄養を受けている感触だった。光は白いページを照らし出すものだから、益々白くなって、僕は少し目を細めながら、黒い文字と文字を繋げて追ってゆく。書かれた文字。うみのなかには、おとがふるのです。その黒はどこまでもどこまでも続いていて、脳味噌に染みになる。その染みががまんできなくなって動き出すころには、太陽はみっつの指の幅くらい、左に動いていた。風が吹く。枯葉を飛ばす。公園にはベンチと白樺と、二つのブランコが並んでいて、そこには小さな女の子と、大きな女性が腰掛けていた。顔を見合って話をしている。今日も寒いね。マフラーが必要だね。あたたかなスープも欲しい。散歩をしている猫さんは、足の指が痛くならないのかな。ええ、なるに決まっているよ。だって、冬は寒いのだもの。じゃあ、なんで今こんなにあたたかいの。小さな女の子は手袋を空にかざした。太陽の光をすくって、大きな女性に見せてみた。瞳は深く真っ直ぐで、問いをかけては、早く教えてと指の先をくいくい、と大きな女性に突き出した。なぜ冬はあったかいの。大きな女性は小さな女の子のブランコの手すりをくいりと掴んだ。マフラーに埋もれた口元をもごもごと動かして、掴んだ手すりを自分の方へ引き寄せて言った。その手袋の中にあるのが、冬ではないからよ。小さな女の子は空気を震わるような声で叫んだ。ああ、そっか!深くうなずいてくっつけていた手の平を離して、立ち上がる。光はいっせいに逃げて公園の木陰に隠れてしまう。ねえお母さん、どうしてあれは降ってくるの。僕は上を見る。枯れ葉がいちまい、本のページの上に落ちた。文字を隠すから、困って、本を閉じた。もう読むのは諦めよう。脳味噌の染みもすっかり消えてしまったし、四角い本がすっかり小さく冷たくなってしまった。木漏れ日はまだそこにあったけれど、暖かいうちに帰っておいで、と姉さんが言うから、僕は足を動かさなければならない。足、は動かさないと、そのうち細くなって一本になってしまうんだって。それで、土の上を歩けなくなってしまう。それなら、魚の尾びれみたいになって、海にもぐれるなら素敵なことだね、って僕は声を上げたけれど、姉さんは、溺れて息ができなくなって帰れないからやめなさいと言った。足は、帰る為にあるんです。姉さんは僕に携帯、という銀色の四角い箱を持たせて、いつも言う。帰ってきなさいね。だから、僕は足を動かす。枯葉を踏みながら、この公園に来たように。さくさくと。落ち葉が終わっても、足の裏はさくさくと言った。どうやら、その音は僕の耳の中で鳴っているようだった。これは音楽っていうのかもしれない。それならば、冬っていうのはとっても楽しいんだ。冬っていうのは、12月のこと。銀色の箱の窓を見れば、1と2がくっついて並んで僕に教えてくれる。賢くなれた気分がして嬉しい。その数字の横には僕と姉さんが並んで映っていた。綺麗な人。目は大きくて、髪は長い。笑うときには大きな目は大きくなくなる。何も見えてないんじゃないかってくらい、細く小さくなる。その姉さんの隣で、僕は笑っていた。魚になりたくて、必死に口をぱくぱくさせている。