今回のブログ、”死”に関する表現を含みます。
苦手な方はスルーをお願いいたします。
今日、実家に立ち寄った際、飼っていた猫”タマ”が亡くなったと聞いた。
タマは少し前から体調が思わしくなく、今年の冬は越せないんじゃないかって話をしていた。
ご飯も食べに来たり、来なかったりしていた。
(タマは外の小屋で飼っていました。)
最近のタマの寝床は家の中の台所の椅子の上だったそうです。
前の日曜日に実家に立ち寄った際はタマに会うことはできませんでした。
その前の日曜日はタマ会うことができ、畑で日向ぼっこ(?)してた。
↓その時の様子↓
ただでさえ細いのに、さらにやせ細っていた。
気になってタマの様子を聞いてみると…
”トラ(タマの娘)がとってきたネズミ、トラが遊んでる最中に奪い取ってどこかにもっていって食べてたみたいだよ”
これを聞いたとき、もしかしたらタマ、体調がよくなって、元気になって、無事に冬を越せるんじゃないかって思った。
…けど、それは最後の元気な姿だったのかもしれない。
猫は死ぬとき、姿を消すという。
それは、弱っているところを見せないようにするため。
しかし、タマは姿を消さなかった、隠れなかった。
タマが亡くなっていた場所は、小屋の外の南側。
一番日当たりがいい場所。
今にも起き上がりそうだった。
トラと日向ぼっこしながら亡くなったんじゃないかって思う。
飼い主が探さなくてもいいように、その場所を選んだのかな。
そうだとしたら、すごく飼い主思いの猫だ!
タマは最初は野良猫でした。
犬のりゅう(通称:ぼんず)のご飯を食べに来ていました。
↓りゅう…凛々しいな!!↓
ぼんずも最初は追っ払っていたみたいだけど、そのうちに追っ払わなくなり、カラスも含め、3匹で仲良くご飯を食べていたらしい。
ぼんずが亡くなり、その後も居つくようになり、母がかわいそうだからとご飯を上げるようになり、飼うことになりました。
なので、タマがどこで生まれたとか、何歳なのかとか、まったくわかりません。
ただ、一つ言えるのは、タマは幸せだったんじゃないかということ。
外で飼っていたとはいえ、きちんと寝床があり、冬は寒くないようにワラだったり、毛布だったりもらっていた。
ご飯やおやつをもらいながら、自由に生きていた。
トラを育て、ネズミの捕り方を教え、立派に母親になっていた。
ぼんずが亡くなったときは、”もっとああすればよかった、こうすればよかった”とういう思いがすごく襲ってきた。
けど、タマの場合はそんな感情は不思議と湧いてこない…接する時間が短いのか…私の感情がおかしいのか…
悲しいけど、涙が出るけど、後悔はない。
来るべき時が来た…そんな感じ。
ぼんず!!!!!!
タマがそっちに行ってると思う!!!
あとは任せたぞ!!!

