Sleepy Scholar's Diary -2ページ目

Sleepy Scholar's Diary

冬眠が好きな傾向は一生続く模様だが、一応、起きて
いる時には世界にも色々反応を示していきたいもの。

写真が小さい場合はどうぞクリックを~!

10月は母の誕生月なので、1泊旅行をプレゼントした。
母の仕事の都合があるため、一昨日と昨日に休みをとって
もらい、神戸方面へ出かけた。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

1日目

まず、バスで有馬温泉へと出かけ、ランチと入浴。
私も母も温泉に長くつかるとのぼせるタチなので、入浴は
早々に切り上げ、ロープーウェイで六甲山頂へ向かった。
このロープーウェイは初めて乗ったが、景色がこれ程までに
綺麗だとは期待しておらず、感動。

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  北方を臨む。下方が有馬温泉。


途中では花粉症の元凶、杉の大群が生えている場所があった。
春でなくて良かった。木々は美しいのだが(・・;)

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良い天候に恵まれ、六甲山頂から遠く大阪のほうまで景色を
楽しむことが出来た。

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本当は夜景も見たかったが、山頂は下界より気温が低かった
ようで涼しくなってきたこともあり、夕暮れ前にケーブルカーで
神戸へと下り、次は宿泊先のホテルから六甲山系や海側の
景色を楽しむことに。23階の部屋だったので、真下を歩く人も
くっきり見えるし、遠方もかなり遠くまで目視可能でちょっと
得した気分♪

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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

2日目

以前にも神戸には何度も行っているが、どこにあるのか
イマイチ明確に分かっていなかった阪神大震災メモリアルパーク。
ホテルの自室から下を見ると、どうも隣にあるようなので
朝一番に、まず直行してみた。

崩れた波止場の一部が震災当時のまま残してあり、その横では
地震が起きた時のビデオも再生されている。いまだに思い出すと
背筋がゾッとしてしまうのだが、同時に5年前、10年前とは私の
心の在り様が違うことにも気づく。当時の意識が「風化」したと
いうのではなく、ただ、辛い思いを引きずり過ぎていると前進が
望めないということだろう。

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この後は、徒歩で、フェルメールの絵画1点を含めた
マウリッツハイス美術館展を行っている神戸市立博物館へと
移動。絵画によっては少々混み合っているところもあったが、
押し合いへし合いの状態ではなかったので、まあまあ
リラックスして鑑賞を楽しめた。

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  ホテルオークラのフロント横にて


ただ、最近は海外の大きな美術館ばかりを巡ってきたためか、
私としては規模が小さ過ぎて、「えっ?これだけ?」という
感じであった。ヨーロッパの美術館に肩を並べるのは無理なの
かもしれないが、もう少し日本は頑張っても良いのではないだろうか。
もちろん数の問題ではないのだが、常設の芸術作品が減っている
美術館が多い中、期間を区切っての展覧会ぐらいは「かなり」
充実した内容にしても良いのではないかと思う。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

今回はホテルの予約を取った後で、母の足の調子が非常に悪く
なり、旅行どころではないのではという危惧もあったのだが、
痛みはあるものの、母がどうにか歩ける状態になってくれて
幸いであった。私がアメリカへ行ってしまえば、母娘で旅行を
するということも難しくなってしまうので、近場でよく知って
いる場所とはいえ、二人で新発見も楽しみながらゆったりと
した時間を共にすることが出来たことが純粋に嬉しい。

70になってもまだまだ現役で働きたいと考えている母。
体調が少しぐらい悪くても自分を犠牲にして働き続けてきた母。
あまりに忙しく動き回り続けている母のような人には、こうした
「休暇」をもっともっとプレゼントすべきだったのかもしれない。
人生で後悔することは沢山あるが、母がもっと若くて元気だった
時に、海外・国内の旅行に連れて行ってあげなかったことも
その一つである。

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   ハーバーランドから宿泊先のホテルオークラと
   ポートタワー、海洋博物館を臨む。
前回の記事の続きとなるが、ノース・ヨークシャー・ムーアを
通り抜けて目指していた地点は、ウィットビーという海岸沿いの
街であった。ここは、『ドラキュラ』の物語が生まれた教会や、
トーマス・クックの生誕地で有名な場所である。 

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  教会横に並ぶ墓石は、私よりずっと背の高いものもあり、
  一つ一つの墓が巨大で、ドラキュラがここから生み出された
  というのも頷ける。

だが、何よりもこの街を有名にしているのが、ウィットビー
修道院跡である。ヘンリー8世により打ち壊しに遭うまでは
かなり大きな影響力を持っていた修道院で、今は破壊された形の
まま保存に力が尽くされている。

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  修道院の向こう側が北海

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  ピンクの点が私だが、修道院跡を囲むグリーンに
  吸い込まれるような不思議な感覚を覚えた

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自然による風化によって朽ちていく建造物があるのは仕方の
ないことだが、故意の意思によってこうして無残な姿へと
変貌させられた建物を目にすると、何とも言えない気分になった。


このウィットビー修道院跡の他に、リヴォー修道院跡も見学に
行ったが、こちらは観光客が少ないこともあり、ウィットビー
以上に寂寥感が漂っていた。

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もちろん、残された遺跡自体は非常に美しいのである。特に、
周囲の自然に解け合った、尚且つ、歴史の味のする空間は
何とも言えず静謐に満ち満ちた場所なのである。

ただ、「万が一、歴史の流れが異なっていて、この修道院が
今も利用されている建物だったなら・・・」と考えると複雑な
気持ちに駆られてしまうのである。全く違うコンテクストでは
あるが、この「跡」たちを訪問しながらタリバンがバーミヤンの
仏像を破壊する瞬間をテレビで目にした時のことを、ふと
思い出した私である。

歴史が古ければ古いほど、傷痕はあちこちに残るものであるし、
それは日本も同じなのだろうが、自国ではそれ程意識して
周囲を見つめていないこともあり、また、日本史が苦手なことも
あり、歴史の残した「跡」を見つめ直す機会が少ないため、
今回はイギリスで色々と新鮮な視点で人類の過去を振り返る
ことができたように思う。
細々と続けているイギリス旅行記のつづき・・・

湖水地方もヨーク市街も、そして、1日だけ訪問した
ケンブリッジも美しい場所だったが、そのどこよりも感動
させられた景色を提供してくれたのは、ノース・ヨークシャー・
ムーアというヨークシャー北東にある国立公園。

渡英前は下調べも足りず、また、その辺りの地理感覚もあまり
掴めていなかったため、この国立公園に行くことを重要視して
いなかったが、行って良かった!「これでもう今回の旅行は
思い残すことがない」と思える程の場所だった。

というのも、ヒースが群生しているのを眼前に楽しめたからである!

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なぜ私がヒースを見ることにあこがれを持っていたかと言えば、
ブロンテ姉妹の作品には幾度もヒース・ムーアが登場するため。
ジェーン・エアがムーアを彷徨う場面や、ヒースクリフが
ムーアでキャサリンと戯れ、或いは、野生児のごとくふるまう
場面にヒースは欠かせない。ヨークシャーに行った際には絶対に
ブロンテ・カントリーを訪れてヒースを見たいと思っていたのだ。

しかし、旅の後半でこの場所に行き着くまで、ヨークシャーと
言えどもヒースの「ヒ」の字も見当たらなく、がっかりしていた
ところだった。

そして、ついに、このヒースの広がる景色が車窓から臨めた私の
喜びようといったら、もうじっと座っていられない程だった。

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  ラッキーにも、夏季のみ走る蒸気機関車もお目見え!

ヒースは近くで見ると、荒地に生息しているとは思えない
可愛らしい花だが、吹き付ける風をものともしない、「しぶとい」
感じも見受けられた。

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別の場所を目指して、このヒースの荒野を通り抜けていたわけだが、
私としてはこのムーア周辺で1日中風に吹かれてヒースを
眺めていても全く気にならないぐらいだった。今、思い返しても
最初に車でムーアにさしかかった時のゾクゾク感が甦って来る。

ちなみに、ブロンテ・カントリーと呼ばれるヨークシャー中部の
地帯でもヒース・ムーアは存在している。ただ、規模としては
北東部ほどではないような印象を受けた。また、ブロンテ姉妹が
生まれ育ったハワースにも後日訪れたが、こちらは可愛い小粒な村
ではあるが、観光地化が進んでいるためか荒々しい自然の威力を
突きつけられる雰囲気の場所ではなかった、というのが個人的な
印象であった。

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  村よりムーアのある方向を望む

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  村の中心部

旅の2週目は天候に恵まれたため、ヒースを見る目も楽観的なものと
なったのかもしれない。実際にはムーア周辺で人々が生きていく
のは多難極まることだろう。だが、見れば見るほどムーアの景色に
惚れぼれてしまう私である。
旅行の後半はヨークを起点に遠い所はケンブリッジまで、
近い所ではヨーク市内で観光を行った。ヨークといえば
バイキングやローマ人の足跡を辿るには事欠かない街。

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  ローマ人の建造したウォールからヨーク・ミンスターを望む


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  近くによると写真に収まりきらない大きさである


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  シャンブルズと呼ばれる一画


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  長きにわたってこのゲートが侵入者から街を守ってきた


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  そして、もちろんこの城も重要な役割を果たしてきた


ヨークでもケンブリッジでもフィアンセが仕事をしていたので、
その間は単独で観光をしていた私だが、観光地ということもある
のだろうか、清掃などが他の都市より行き届いており、気持ちよく
散策できる場所だった。

夜には明かりがもっと欲しいなと思うぐらい、全体的に暗いため、
到着した夜には車中からストリート名が全く見えず、グルグルと
同じような所を何度も廻る羽目になってしまったが、それを利用
してか(?)あちこちで毎晩ゴースト・ツアーも催されている。
私は参加しなかったのだが、なぜか帰国してから夜中に目を覚ますと、
自分が中世の城の中に閉じ込められているような妙な錯覚に捉われる。
それだけ、歴史の重みのある場所だったということだろう。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

フィアンセの参加した学会により行われた懇親会はその名も
「中世ディナー」!中世の服飾品などを保存する博物館で、
役者さんが当時の言葉づかいや音楽で私たちを中世へといざなって
くれた。

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湖水地方へ旅をしたら、湖を見るのは当然だが、前回の記事で
触れたビアトリクス・ポターの住んでいた村はぜひとも
訪れたかった。その他にもマストとして候補に挙げていた場所が
詩人ワーズワース関連の村々。

ワーズワースが通ったグラマー・スクールには、彼の落書きも
机にそのまま残っていた。当時から鬱鬱としていた他の子供と
違う青年だったらしい。

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グラスミア湖のそばにあるダブ・コテッジ。春には水仙が
咲き乱れる場所なので、次回はぜひとも春に訪れたいと
思ったが、夏の終わりでも十分に私を満足させてくれる
グラスミアの村だった。今回訪れた湖水地方の中では1番
気に入った場所だったかもしれない。

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このグラスミアから2時間半ほどかけてハイキングもした。
あいにくの雨の中、ハイカーとすれ違うこともほとんどない
静寂に包まれた地域だった。
 
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  写真撮影のため、足を止めたくなる景色ばかり。

時には急な斜面に「下りる時に怖そう」と思い・・・。
(山のような斜面では高所恐怖症になる私である。下の写真を
撮る間もクラクラしそうな気がした。)

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汗と雨でびしょ濡れになりながら到着した山頂には、表現の
できないような美しいタルン(=盆状の湖)が私たちを
待ち受けてくれていた。

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そして、グラスミアへと夕暮れの中、山を下りてくると
お腹をすかせた私たちの前に、ベジタリアン・レストランの
サインが突然現れたため、宿で自炊をするはずだったところを
豪華な夕食へと予定変更。

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イギリスの料理はマズイ、というのは完全に嘘である。
このベジタリアン・シェパーズ・パイは芸術的一皿であった。

他でもあちこちで美味しい食事やスイーツに舌鼓を打ちながら、
ローマ人の残した城跡も見学に行った。本当はハドリアン・
ウォールを見に行きたかったのだが、スケジュール上無理が
あったため、近場で、ということで妥協案を出したのだが、
遺跡も荘厳だったが、そこに到着するまでの数時間のドライブ中の
景色が名状しがたいものであった。

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  羊の領域に人間の私たちが押し入ってしまったよう。

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  左上に写っているのが私だが、何とも小さい存在!

ローマ人たちは、誰も襲ってこないようなこんな場所に、苦労を
重ねて城壁を築く必要があったのだろうか、などと野暮な疑問を
抱きながら、「兵どもが夢の跡」という一節もふと心に思い浮かべ、
10度を下回る寒さの中、ローマ人の足跡の一部に触れたのであった。
 
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そして、もちろん湖も。

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  ラスキンの邸宅が対岸に見えるコニストン。

雨の降っている時間のほうが多い湖水地方での滞在となったが、
その止み間には、光が踊り輝く本当に美しい場所だった。

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  まだアジサイも咲いていた。
久々のイギリス、それもロンドンでないイギリスの景色に
感動し続けた私が、一人で湧いていたのが羊の姿。
フィアンセ曰く「羊は頭の悪い動物」だということだが、
それでも可愛いものは可愛い。
 
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この羊たちはピーター・ラビットの絵本の作者のビアトリクス・
ポターが住んでいたニア・ソーリーという村で草を食んでいた。
最初に目撃した羊の群れだったため、嬉々として十数枚もの
写真を撮り続けてしまった。

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  ビアトリクス・ポターの農場ヒル・トップ
  入場制限がかかるため、大雨の中1時間ほど待った後、
  中を見学し、外に出てくると雨がサッと止んでくれた。

そしてまた、別の日には羊だけが暮らしているような山の
てっぺんで羊が人生(羊生?)を謳歌している姿を車の中から
見学させてもらったり・・・

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ハイキングの途中で、大量のシダの合間から人間の私たちを
ウォッチングしている羊に冷やかな目つきで見つめられたり・・・

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大胆な顔つきで私たちを見つめる羊に出会ったり・・・

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いかにもイギリス~といった牧歌的な風景を醸し出している
情景を楽しませてもらったりした。

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唯一残念だったのは、どの羊も毛刈りをされた後でふっくら
プクプク状態のウールを身にまとっていなかったこと。
季節柄しかたのないことだが、今度はま~るい体型をした
羊たちが放牧されている時期にイギリスを訪れようと心に決めた
私である。
9月中旬に入っても、夕立に襲われることの多い今年の
大阪である。雷がゴロゴロ・ピカピカし始めると、8月に
近所の公園で雷に打たれて逝ってしまった人のことを
つい思い出してしまう。

さて、日本も異様な雨に打たれ続ける昨今だが、8月下旬に
到着したイギリスでも私は雨に出迎えられることになった。
とはいえ、イギリスの夏の終わりに雨が降るのは当たり前だと
聞いていたため、「2週間ずっとこうなのかな?」と少し憂鬱に
思う程度に止めておき、雨でも楽しく過ごそうと心に決めた
のであった。

到着したのはマンチェスター。初日は大雨で前も見えない
ぐらいになる時があったが、たまたまゲイ・プライド・パレードが
行われていたので、カメラが濡れるのを気にしながら写真を
パシャリ。
 
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宿泊先からすぐの所でイベントが行われていたため、夜には
ハデな花火の音も聞こえてきたのだが、時差ボケで疲れて
いたため、窓から顔を出すこともせず、ベッドの中で音だけ
聞いていた私である。


そして、翌日からはずっと訪れたいと思っていた湖水地方へ!
雨が続くと思っていたのが、地元の人も驚きの快晴に恵まれての
出発。車

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  これはまだマンチェスター

簡単にマンチェスターを出られると思いきや、高速に乗るまでに
迷い続けて30分。かなり時間をかけてマンチェスターを脱出して
到着したウィンダミィア~音譜

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そして、ここからは宿泊先のロッジへまっしぐら・・・した
つもりだったが、Google Mapにさえ載っていない道を探らなくては
ならなかったために、ウィンダミィアから30分ぐらいで到着する
場所に1時間ぐらいかかってしまった。

アメリカからやって来た私のフィアンセは、慣れない右ハンドルと
クネクネ続く狭い道での運転に、ロッジに着く頃には体をカッチカチに
緊張させていた。ペーパードライバー故、助手席で頼りない
ナビゲーションしかできなかった私も彼の緊張した姿を見るだけで
疲れ、到着した後は二人でドテ~ッとしてしまった。

とはいえ、庭先にはこんな可愛い姿が見え、心癒された。

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マンチェスターも日本に比べてずっと涼しかったが、湖水地方の
気温は最高でも20度を越さないぐらいで、夜にはヒーターが
必要なほど。雨も数時間おきに降ることが多く、翌日からは毎日
レインジャケットのお世話になることとなった。

(つづく)


イギリスから帰国後2日目、まだまだ時差ボケ。あちらでは水圧が異様に高いか低いかどちらかのシャワーしか浴びることが出来なかったため、日本のシャワーが適度な水圧で嬉しい。その他、ストレスの材料が多々あり、日本や北米の旅行がいかに楽かということを思い知らされた。だが、また行きたい。
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