大学の友達が何のために生きるのかと疑問を持ち始め、俺も気になっていろいろと考えてみた
まだ21年しか生きていない人生ひよっ子組だけど、ひよっ子なりに真剣に考えてみた
俺は、人生って登山だと思う
こういう人ってよくいるけど、俺もそう思う
ただ、俺が思う人生の登山は山頂について終わりじゃなくて、無事に下山して終りなんだと思う
人は生まれた時から終りの見えない山を登ってただひたすらキツイ山道を歩いてるんだと思う
努力をしないで楽ばかりするやつは、実はただただ山の周囲をぐるぐる回ってるだけで一向に山頂は目指せない
逆に努力をする人はどんどん山道を登って行き、山道も徐々に土から岩肌、雪と難度が上がっていく
人生も頑張ろうと思えば壁が立ちはだかる
定年間際になってようやく山頂について、自分が上ってきた軌跡を見下ろすことができる
山頂からの景色はどんな山でも大抵はきれいなもの
同じように人が努力してきた跡ってのは綺麗なもんだと思う
ここで自分が生きてきた意味を見いだせる人もいるかもしれない、でもこの段階では上から見下ろすだけで、自分がどれほどの山を登ってきたかわからない
定年してからは、あとは自分が登ってきた山を下山する
山は登るときよりも、下山の方が滑落や落石等の危険を伴う
同じように人も定年くらいの歳になると様々な更年期障害や生活習慣病に悩まされたり、体の機能が衰えて、些細なことで怪我したり、病気になってしまう
高い山程下山の危険性は増し、残念なことに下山できずに息絶える人も少なくない
こうして人生の終りを迎えるときに、人はようやく下山し終え、自分が上ってきた山の大きさを知る
頑張って頑張ってがむしゃらに生きて高みを目指した人の山は雲よりも高く、エベレストみたいな山
自分に甘く怠けてしまったものの、それなりに頑張った人は、きっと思ったよりも高くない山になり
怠惰の塊のような人は、降りてみたらただの小高い丘だったってオチ
それぞれがそれぞれの山を登り終えたところで自分の登ってきた山を見上げる
そこで思うことは人それぞれ違うと思う
でも人はこの一瞬のために生きてるんじゃないかな~
なんか上手く表現できないけど、あくまでまだ山のふもとを登っている俺の考え
きっとこの考えの中には知ったかぶりや矛盾が含まれているかもしれない
でもこれが俺なりに真剣に考えた結果導き出せた答え
俺こういう哲学的というか倫理的な感じのこと考えるの結構好きだったりするんだよね(笑)