8回裏リカオンズの攻撃。

この回、ルコは耳を澄ました。

・・・・・・・・・

「ドンドンドンドン、ドーンドーンドーン、ドンドンドンドン。」

・・・・・・・・・

「ドンドンドンドン、ドドーンドドーン、ドンドンドンドン。」

・・・・・・・・・

「ドンドンドンドン、ドッドッドッ、ドンドンドンドン。」

・・・・・・・・・

〈やはりそうだ。監督がサインを出すごとにガラリアンズの応援団の太鼓の音調が変わっている。〉

ルコは確信した。

そう、ガラリアンズの選手たちに読み取ったサインを伝えていたのはなんとガラリアンズの応援団だったのだ。伝える媒介が音であれば、選手たちは視線を変える必要もないし、常に音が出ていてそれが変化すればそれにすぐ気付くこともできる。ルコはおそらく伝達手段が音であろうことは早い段階から感づいていたのだ。これでイカサマの謎はすべて解けたのであった。

「ああっ!」

ルコに快感が走る。その余韻を邪魔したのはやはりマトンであった。

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「うるさいっ!!!」

そう言ってルコは通信機の電源を切った。


22のまま迎えた9回裏。たっちゃんがサヨナラホームランを打ち、23でリカオンズ勝利で試合は幕を閉じた。

たっちゃんがルコの方を見ると、ルコは輝かしい笑顔でVサインを送った。その姿はまるで本当の女神のようであった。問題が解決したのだとたっちゃんは悟った。と同時に、その笑顔を見て、たっちゃんはルコに惚れてしまった。

(ちなみにルコお嬢様の美貌は笑顔でなくとも凄まじく、笑顔なんかになったらさらに凄まじいのである。もはや落ちない男はいないくらいである。)

ヒーローインタビューでたっちゃんは、ルコの方を向き、

「ルコさ~ん、俺にとっての女神は君です。君のことが好きだ~、結婚してくれ~」

と叫んだ。

(これは大真面目で、決して冗談ではない。そこ笑わない。プププ。)

「ごめんなさい。私には結婚を誓った人がいるの。」

そう言ってルコは丁重にお断りした。

問題が解決した割に、たっちゃんの顔色は冴えなかった。

(振られたばっかりなので当然だろう。)

たっちゃんは、ルコに会うとまずお礼を言った。

「本当にありがとうございました。」

「いいえ、こちらこそ中々楽しかったです。それでこの件はどう処理するおつもりなのですか?何かお手伝いすることはありますか?」

「この件はガラリアンズに掛け合って隠密に処理するつもりです。野球界の問題にして騒ぎを大きくすると野球界も大変になるので・・・。」

「そうですか。では私の仕事はここまでです。あとは頑張ってください。」

「はい、本当にありがとうございました。どんなお礼をしたらいいものか・・・。」

「あの・・・、では一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「はい、何でもどうそ。」

「たっちゃんはアクセサリー集めが趣味のようですね!?」

(ルコはたっちゃんのことを調べていたのだ。依頼人のことを調べるのは正義を目指す探偵として当然である。)

「そうですが・・・、何か?」

「あの、このアクセサリーについてご存じありませんか?」

と言ってルコは例の男の子とのアクセサリーの写真をたっちゃんに見せた。

「これは見たことあります。数年前の福岡ドームでの試合のときです。中高生くらいの子がサインを求めてきたときにその子がつけてて、俺も気に入っちゃって、どこで手に入れたのか聞いたんです。そしたら、もらったものでかなり大切なものだと言ってました。どうしても欲しくて、雑誌やネットなどで調べたんですけど、どこにもなかったんです。」

「これオリジナルなものなんですよ。」

「なるほど、やはりオリジナルなものでしたか。」

「私、その男の子を探しているんです。名前聞きましたか?顔は覚えていますか?」

「ごめんなさい、顔も名前もわからないです。」

「いえ、でも福岡で会ったかもしれないというのは有力な情報です。ありがとうございます。」

「いいえ、こちらこそ。」


こうして、ルコは球場を後にし、マトンと屋敷に戻った。少しでも例の男の子に近づけた気がしてルコは嬉しくなった。

「お嬢様、お疲れ様です。」

「マトン少しこちらに寄りなさい。」

「はい、何でしょうか?お嬢様。」

マトンを呼び寄せると、ルコはマトンに思い切りビンタを喰らわせた。

「な、何するんですか?お嬢様。」

マトンは痛さで半泣き状態である。

「あなたが助手としてまだまだだから1発活を入れたのよ。次はもっと役に立ちなさい。」

(役に立つというのは気を遣うということである。仕事振りに関してはマトンはよくやっていたにはちがいないのだ。)


「すみません、お嬢様。以後気をつけます。」


こうして今回の依頼は無事に解決したのであった。

(第1話 完 )



スコアは依然22のまま。

5回裏リカオンズの攻撃。

ツーアウトランナー1塁。

ここでたっちゃんが動いた。



「監督、セーフティーバントでお願いします。」

「え・・・、この場面で?嘘でしょ・・・。」

「大丈夫ですよ。絶対成功しますから。」

「そう・・・。わかった。」

(セーフティーバントとはバントして塁に出ようとすることである。ちなみに、監督はこの試合でたっちゃんの言うことを聞くことになっている。)



監督のサインはセーフティーバント。

選手たちに伝わるサインは盗塁。


この時ガラリアンズの選手たちが動揺し表情を曇らせた。特に激しく動揺している1人の選手をルコは見逃さなかった。

2アウトでバントを行うことなど中々ないからである。)

ルコはこの選手を観察することにした。

その選手はガラリアンズに入団2年目の新人であった。新人であるがゆえにガラリアンズのイカサマのシステムに慣れておらず、特に動揺してしまったのであろう。

バントだと思っていたガラリアンズの選手たちは、盗塁の成功を許してしまった。



「くそ~また俺の言うことを聞かなかった。まあ今回は盗塁の方がいいとは思うけど、腹立つな~。反抗期かな。」


と監督はぼやいた。



当然、この言葉を聞いたガラリアンズの監督はまたもや疑うことをやめた。

打者は凡退し、3アウトとなり5回裏は終了した。


「よし、これであの場面が来れば舞台は整うわ。」

ルコはほくそ笑んだ。



ルコに味方するようにその場面はやってきた。


スコアは依然22。その間にたっちゃんは監督と選手のサインの行き違いを直していた。


7回裏ワンアウトランナー3塁。

またもやたっちゃんが動く。

「監督、ホームスチールでお願いします。」

「え・・・、この場面で?嘘でしょ・・・。」

「大丈夫ですよ。絶対成功しますから。」

「そう・・・。わかった。」

(監督はこの試合でたっちゃんの言うことを聞くことになっている。)



監督のサインはホームスチール。

選手たちに伝わるサインもホームスチールである。

(ホームスチールとは本塁に盗塁をすることである。成功すれば1点であるが、成功例はほぼない。)

無論、ガラリアンズの守備陣にかなりの動揺が走る。リカオンズ側にはたっちゃんの指示であることを知っていたため動揺は見られなかった。

この時やはりあの新人選手の視線が動くのをルコは見逃さなかった。

その視線の先は、応援席の応援団にあった。



〈なるほど、トリックはおそらくわかった。あとはそれを実際に確かめるだけね。〉

ルコはまたもやほくそ笑んだ。



当然の如く、ホームスチールは失敗しこの回も22で終わりを告げた。





























『名探偵』ルコお嬢様の憂鬱 ~ツバキ色の道のり~



・・・・・・・・・


(翌日)


今日も昨日のようにベンチにマトンをおいて、ルコは観客席で試合を眺めることになった。リカオンズの監督も買収済みで今日もたっちゃんの言うことを聞く手はずになっている。


「マトン、聞こえる?」

「はい、お嬢様。」

「一応確認しておくけど、今日は相手が読み取ったこちらのサインをどうグランド上の選手たちに伝えているのか暴くのよ。」

「はい、承知しております。」

「またサインやサインパターンを色々と変更するかもしれないから、たっちゃんに連絡よろしくね。」

「はい、了解しました。」


〈さあて、どう暴いたものか?〉

ルコは思索を巡らしていた。

〈情報を発信する以上発信源は必ずあるはず。でも選手たちは守備の際に特に目立った視線の移動もなかったし・・・、となるとまずはキャッチャーが怪しいか。キャッチャーが怪しいとなると、スコアボードの電光掲示板も怪しいわね。でも昨日の時点で確認済みだけどそこに怪しい点はなかったのよね。〉

事実、試合中に電光掲示板に何も特別な変化は見られなかった。

〈やはりまずは発信源の位置を確かめないといけないわね。時間はかかるかもしれないし、これは相手に気づかれるかもだから大きな賭けだけど、あの方法でやってみますか。〉


「マトン、今から言うのはミスが許されないからよく聞いてその通りに行動して。」

「はい、承知しました。」


・・・・・・・・・


『プレイボール。』

審判の掛け声とともに試合は始まった。

昨日ガラリアンズが負けたせいか、今日はいつにもましてガラリアンズ側の応援席が騒がしい。それに負けじとリカオンズ側の応援も頑張っている。ガラリアンズとリカオンズの試合はリーグ優勝を争う2チームの試合であるため人気で観客席はほぼ満員なのである。ルコは人混みと騒がしい場所が苦手なため、この熱に蹴落とされそうになりながら耐えていた。


〈これが終わったら、家にあるカラオケBOXで歌ってストレス発散してやる~。〉

とルコはそう思うことでイライラを抑えた。

(ルコお嬢様の家はお屋敷であり、カラオケBOXなんかがあるのは当然のことである。)


「お嬢様、どうか致しましたか?」

「え・・・、何でもないわ。」

「そうですか・・・。何かおっしゃった気がしたので・・・。」

「気にしないで。独り言よ。」

「わかりました。」


〈まったく・・・いつも鈍いくせにこんな時だけ気がつくんだから。後でサンドバックにしてやろうかしら。〉



1回裏リカオンズの攻撃。

ノーアウトランナー1塁。

監督のサインは盗塁である。

しかし相手の投手は例の如く盗塁を見破っていた。不意を突く鋭い牽制で1塁ランナーは刺されてしまった。


〈これで、よし。〉

ルコの思い通りである。


前日の最後の読み取りでサインの読み取りのずれが生じたため、相手はイカサマに気づかれているかもという疑念を持っている可能性がある。これもまずはそれを払拭するための作戦なのであった。しかも相手は今日もイカサマをしてきているという確認のためでもあった。


この後、マトンはたっちゃんに耳打ちした。


「・・・・・・・。このように動いてください。」

「なるほど、了解した。」


たっちゃんは監督に悟られないように、選手だけにサインパターンの変更があったと伝えた。当然、この後監督と選手のサインの把握が行き違うことになる。

(たっちゃんはリカオンズの看板選手でチームメイトからも絶大な信頼を得ているため、選手の中にたっちゃんのことを疑うものはいない。)


2回表に2点を先制され、スコアは20

3回裏リカオンズの攻撃。

ノーアウトランナー1塁。

監督のサインはバント。

しかし選手たちに伝わるサインはヒットエンドラン。

投手が投げると同時に、ガラリアンズの守備陣は当然の如くバントだと思って前に出た。しかし返ってきたのは痛烈な打球。内野を抜け外野に転がった。


「あれ、なんで俺のサイン通りに動いてないんだ。くそ~、結果が良かったから良かったものを・・・。」

リカオンズの監督はぼやいた。

(サインの行き違いを知らないのだから当然である。)


一瞬イカサマがばれたと疑ったガラリアンズの監督がそれをすぐに解消したのはこのリカオンズの監督の言葉を聞いたからであった。たまたま選手が自分の考えで動いたと思ったのだ。

ボールボーイの盗聴器は当然仕掛けられたままである。ルコは逆にそれを利用したのだ。



ノーアウトランナー13塁で、打者はたっちゃん。大チャンスである。たっちゃんはタイムリーツーベースを打ち、2点を返した。後の打者は凡退に終わり、結局この回は22となった。

この回選手の表情や視線に変化は見られなかった。


〈まだこれでは足りないか。〉

ルコは悔しさと同時に嬉しさを感じていた。相手が生易しいものでないとわかったからである。相手が強敵であればあるほど、ルコは燃えるのだ。

(あっち~、あつ~、ルコお嬢様が本当に燃えている・・・。なんちゃって。)