パンティを売らなければならなくなった。奴隷として嬲られることには耐えられるのだけれど、下着を男性に売ることはやっぱり辛い。うまく言えないけど奴隷の辱めとは違う。自分が汚したパンティを穿かれたり、匂いを嗅がれたりしてるんだと思うと、とても恥ずかしい。でも私のことを思って買ってくださるんだと感謝しなくちゃいけない。今は売るパンティがなくなっちゃったので、これから買ってこなくちゃ。

「パンティ」って呼ぶのがとても恥ずかしくて、今まで「ショーツ」って言っていたけど、皆さんからお𠮟りを受けて、これからは「パンティ」って言うようにしている。最近、ブログの数人の方々からメールで「小遣い稼ぎにパンティ売るな」「パンティ売りの恥知らず」と、またパンティのことでお叱りを受けた。奴隷の身分の私には、自分では何も所有することができない。犬の首輪以外は全部ご主人さまが所有されていると、私は心からほんとうにそう思っている。パートで働いていただいたお給料も全部ご主人さまのもので、そこから私の生活費を恵んでいただいていた。パンティ売りのことも同じ。売り上げは全部ご主人さまのもので、ご主人さまのお許しをいただいて、そこから私の生活費をいただいていた。パンティをお売りすることは、奴隷の私ですら、ほんとうはとても恥ずかしいことと思ってはいるけど、生活できなければ仕方がない。ご主人さまからの「恥を晒せ」という意向もあるのだと思う。ご奉仕ではなくて、自分から身体を売ればもっと多くのお金がいただけるけど、それはご主人さまがお許しにはならない。自らの意思で身体を売れば、それはほんとうの売春婦。私はマゾ牝の奴隷であって、売春婦ではないのだから。ご奉仕で犯されても、私はお金をいただくことはない。奴隷としてのささやかな誇りかもしれない。
パートのお仕事を辞めることになった。私が裸でお散歩しているところをどなたかに見られてしまい、仕事場にいられなくなった。どこで見られたのか、昼なのか夜なのかもわからないけど、私は誰にも迷惑はかけていないと思う。もう、買っていただける方はあまりいないと思うけど、ご主事さまに動画CD-Rを作っていただき、パンティも汚さなくてはならなくなった。そしてがんばって、またパートを探さなければ。
 

三和出版さまからマニア俱楽部11月号が届いた。封筒から出して、すぐに自分の手記を確認した。ページは綺麗にレイアウトしてあって…あらためて喜びをかみしめる。そのあと若い奴隷さんたちの写真付きの手記を読んで、若い時の私を思い出した。今の私の身体では、もう写真をあげていただくことは無理なんだろうなって…。正直に羨ましいと思ったけれど、数年前に丸ごと1冊私の特集号を作ってくださった三和出版さまに心から感謝した。

この貸し出し奴隷の手記の一部はときどきブログにも載せていたけど「話を盛ってるんだろ」とか「想像だけで書くな」って心無い方々から言われた。でも、でもだいたいの大筋はほんとうのこと。そう言われてとても悔しかった。書き方や表現は誇張したりしているかもだけど、貸し出されていたことも、犬のように裸で檻にいれられていたことも、職場や倉庫で嬲られていたことも本当。ご宴会では何度も裸のままで辱められながらご接待した。私の貸し出し料金があったのかどうかはわからない。でも奴隷の身の私にはそんなことはどうでもよかった。今から思えばとても辛くて悲しい日々だったけど、私にとってはとても大切な、そして貴重な体験だった。

CaféⅢに「奴隷合宿」のころの写真をあげた。若いころの写真。最後の刺青を刺れてから半年くらい経ったころだろうか。1度目の合宿があった。その頃、私はいつまで経っても未熟な家畜奴隷だった。立派な家畜奴隷にしていただくために、ご主人さまとお友だちが、古い建物を借り切って、私のために「奴隷合宿」を開いてくださった。ご主人さまから「汚牝子が本当の家畜奴隷になりたいのなら受けるように」と言われて…私はご主人さまにこれから先もずっと飼っていただきたくて、覚悟を決めてお受けした。私はほぼ裸のままで、家畜奴隷としての心構えをしっかりと教えていただいた。「奴隷はご主人さまに絶対服従すること」がすべてだった。「奴隷は心も身体も全部ご主人さまの所有物」「奴隷は人ではなくて物」そして「いつも笑顔でいること」。合宿中は、お二人から徹底的に辱めを受けて、虐め抜かれた。浣腸、奴隷化粧、鞭打ち、お外での引き回し、公衆便所掃除などが日課になっていた。座学の教科書はマニア俱楽部などたくさんのSM雑誌。私はご主人さまたちに気に入られるよう、ずっと笑顔で必死でがんばった。それから半年ほどして、2回目の奴隷合宿を開いていただいた。その時は合宿場所だけではなくて、私が犬以下の物であることを自覚するために、街中でも裸にさせられて、四つん這いで歩かされた。辛いことばかりだったけど、私は自分の気持ちがやっと理解できた。遊びやプレイではなくて、私は心からご主人さまに飼われて家畜奴隷として生きていきたい思っていると。

蔑まれること、嬲られること、辱められること、みんな私の喜び。裸にされて、犬以下に扱われて、蹴られて、浣腸されて汚物塗れになりながら、惨めに泣きながら、許されるはずもないお許しを何度も乞う。でも家畜奴隷でいると気持ちが高揚して、どんなことより素晴らしい性的な快楽がそこある。マゾの家畜奴隷でも、痛いものは痛いし、恥ずかしいものは恥ずかしい。でも心の奥は信じられないくらい興奮している。そして、それがご主人さまに気に入っていただけることなら、もっと気持ちが高揚してくる。

「マニア俱楽部11月号」で「最下等家畜奴隷の日記」私の手記の掲載が始まった。私が今まで書きためた貸し出し奴隷の日記を、手記の形で掲載してもらった。今の編集長は数年前に「秘性」で特集号を発刊してもらった時の担当の方。覚えてくださっていて嬉しかった。毎回6ページ程度なる予定で、このままずっと連載になっていってほしい。久しぶりにマニア俱楽部を読んだけど、若くて綺麗な奴隷さんの写真がたくさん掲載されていた。もう私のようなおばさんの写真を載せてくださいってお願いする勇気はないなぁ。でも、テキストだけでも読者の皆さんに読んでいただけること、すごく光栄で嬉しい。