いろいろあったけど、おかげさまで、にゃんはなんとか😸生きてます。
こちらのブログは長らく更新していなかったのだけど、にっぽんブログ村さんから促しメールをもらったことだし、毎日投稿のブログの直近記事をリンクでご紹介します。
ちょうどいま、来月4日のオンライン無料研修会での、朗読劇のキャストを募集してます。
催しの趣旨内容(上記より引用)
菊池寛の一幕劇『屋上の狂人』(大正5年,1916)をアクティブに鑑賞する試みです。
「精神医学」が日本に導入されつつあった頃の、帝都(近代国家中央圏)から遠い(周縁の)島が舞台です。その地の一つの家族の人びとそれぞれの気持ちを、朗読劇のキャストとして参加して、体験してみましょう。
その体験を踏まえて、1900年に制定された精神病者監護法に基づく私宅監置(座敷牢が合法化...というよりむしろ義務化されたこと)の「功罪」をあらためて検討します。
役になりきりのままで、自ずとディベートになってもいいなあと思っています。
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この一幕劇で菊池は、「狂人」と呼ばれる人びとを「精神科病院」に収容しないのは、必ずしも「罪」ばかりであったとは言えないということを伝えたかったのだと思います。
こののどかな作品は、「功」に近い例なのでしょう。
そしてこの作品には、西欧近代科学としての「精神医学」が導入される過程での、従来の民俗的土俗的な治療文化との軋轢が娯楽作品としてうまく表現されています。
本作品をより深く読んでいくなかで、精神病者への博愛に満ちた治療者でありかつ高名な調査研究者として知られる呉秀三の業績の陰に取りこぼされたものはなかったか、との観点が見えてくるかもしれません。そういった議論を深めていきたいと思っています。
ドキュメンタリー映画『どうすればよかったのか』の問いには、日本に近代精神科医療が導入されてから100年を経て、いまなお正解が見つけられていないのではないでしょうか。



