少し話は前後して、
やはり私にとって1997年は分岐の年だったと思われる。
当時のお祭りのノリの代表サッカーでなくクラブチームのフットボールシーンに触れた事、その他にもアンダーグラウンドのクラブシーン、バックパッカー、新天地でのスキー活動と自分が変わっていくのに充分すぎる経験と無駄のありあまった年である。
ここではレッズについて述べているのでそれ以外の事は割愛いたしますが、その後【降格】という余りにも残酷な現実に浦和レッズは直面しました。これはもう立派な黒歴史です。
しかしその頃の自分は「あぁレッズ降格したか…」
↓
「来年はいつもと違うチームと試合するんだろ?」
↓
「二部だからチケット安くなるし人気なくなりゃ取りやすくなんじゃね?」
てな程度に思っていて、いくら降格したとはいえ来年は勝ち試合が多く見れる様になるだろ?と楽観的に捉えていた。確かテレビ埼玉でもよく試合は放送してたかな?だからスタジアムにいかなくてもレッズって自然とそばにあったんだろうね。
しかし浦和レッズの中に入ってみると実情は…
当時私は毎回スタジアムに足を運ぶ程の熱烈なサポーターではなかったが、今思うとたまに足を運んだスタジアムでの重苦しいというか、勝って当然のプレッシャーの中、試合をする訳で、やってる方も見ている方も疲れたであろうあの空間によく居たよなあ、と思う。
あの時代があったから今があるんだ!っていうのは、 少なからず、いや大からずあるかもしれないね(汗)。
だからあまり雄弁に話したところで面白味なんてないしその頃の話は極めて薄味だからやっぱり話したくない。かな?
そして時々遠い目をして「昔は…」的な話を抽象的にする人って半分くらい信憑性に欠ける気がするんですよ。
…というか過去の弱かった時代を武勇伝ぽく語る人ってあんまり話が面白くない。だから聞いてても「あ、ふーん」ってかんじになってしまい、オチまで想像しやすい。
弱い時の話なんて今更自虐ネタにしてしまえばいいのよね。
こんな事があった。
つまらない事だけどそのやりとりだけはクッキリ覚えていて7、8年くらい前にコンコースでね、「1999年のホーム○○戦のスタメン言える?言えたらウチのチームに入れてやるよwww」って若い子達に誇らしげ(たぶん彼の中では)に言っている奴がいて、案の定、若い子達は答えられなくて。ただ、そいつの憂さ晴らしに付き合わされてただけで可哀想だった。
その彼の事、うわっ!痛っい奴wwwって思ったわ。今だに痛い子って居るんだなと横目で見てただけだけど、昔を知ってる事をひけらかす人は嫌だね…
だからと言っちゃなんだけど逆に私はこう思う。
生まれた時には浦和レッズが存在していた今の世代がとても羨ましい。凄く羨ましい。
息子なんてリーグもカップもアジアも獲った栄光の時代のあとに生まれてきたんだから羨ましすぎる。
生まれる直前の試合はガンバ戦で乱闘騒ぎがあった試合だけど。
埼スタについても。
初めて埼スタに行った時の感想って、
「うわっ広っッ!」
でも
「ピッチ全体良く見えるなぁ」
っていうのと
「うわっあんな上の方迄席あるよ」っていう驚きと感動的な印象だった。アジアで一番大きなサッカー専用スタジアム…それって凄くいい響きでそれだけで誇らしく、アジアチャンピオンになったのもこのスタジアム。
埼スタってイイね。こんなところで試合をするチームが自分が生まれた時にはあって、、、まぁ、その先は本人次第なんだけど。羨ましいよ。
そんな栄光のチームなんだぜ?
だから今、混沌としている浦和レッズはそのうち良くなるんじゃないかな?きっと今、グダグダな状態から這いつくばってでも抜け出す事が出来るからそしたらきっと走り出すことが出来る。
j-popによく使われる「光の指す方」じゃなく光が指してる向こう側。それさえ分かれば大丈夫な気がするんだよなぁ。羅針盤をよめる人がいるだけで状況は一変すると思う。
最後に…前監督や元監督と現監督を比較している意見がラジオやネットで見られますが、人それぞれ好きずきでしょうから肯定派も否定派も同じテーブルに居て構わないと思う。私はそれに対して互いに意見を言い合う事も浦和レッズを取り巻く一つのフットボールカルチャーだと考えます。
そういうところから仲間が増えたりするしね。
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