(139)テイラー・スウィフトとデフ・レパードとザ・ウォーニングの不思議な関係〈Part.Ⅳ〉 | skyp2tの音楽が好き!

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80年〜00年代の邦楽・洋楽が大好き!
いいなと思ってる曲を勝手に紹介してま〜す


前回からの続きです


デフ・レパード

1stアルバム
オン・スルー・ザ・ナイト



最初期のデフ・レパード

AC/DCUFO
ナザレススウィート
シン・リジィなど

70年代の
ハードロック・レジェンド達の
音楽性に
強い影響を受けていました


デフ・レパードのボーカル

ジョン・エリオット

初めてAC/DCを聴いたのが
1976年

それ以降
AC/DCの虜(とりこ)となり
翌1977年10月12日
イギリス🇬🇧イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿
シェフィールド大学

1978年11月4日には
シェフィールドのライブ会場の
最前列でいちファンとして
AC/DCのライブを観たようです


翌年1979年には

1,000枚限定の
1st自主制作シングル

『 The Def Leppard E.P.
(1979年1月)

発売後


大手メジャー

フォノグラム/マーキュリー

とレコーディング契約

を締結



その年秋の
Highway to Hell
のUK🇬🇧ツアー
(10月25日〜11月9日)
でいきなり
AC/DC
のオープニング・アクト
に大抜擢されます

当時メンバーは全員10代
ドラムのリック・アレン
至っては若干15才

バンドは

自分達のヒーロー

と共演する
貴重な機会を得たのです



2ndアルバムは
バンドたっての希望で
AC/DC
Highway to Hell
のプロデューサー
ジョン・"マット"・ラング
と組んで製作され

アルバム収録曲
ブリンギン・オン・ザ・ハートブレイク
のMVが
当時新興コンテンツだった
MTV
ヘヴィ・ローテーション曲
となり
アメリカ🇺🇸でヒット

ダイアモンド
(1,000万枚以上のセールス)
認定となった
3rdアルバム
Pyromania(炎のターゲット)
メガヒットの布石となりました


ただし
アルバム曲が
次々とヒットしたこと


当時の

多くのN.W.O.B.H.M.

のバンドとは異なり

最初からアメリカ志向であった

ことから


「イギリス🇬🇧を捨てた」
など

色々と叩かれたようです




DVD収録の
対談では

こんな興味深い話をしています


  

ジョー: 女性カントリー歌手といえば、イメージは出来上がっている。
ブーツにミニスカート、カーボーイハットだ。
ミニスカートは必ずしも必要じゃないがね(笑)

ところがシャナイア(・トウェイン)が砂漠で豹柄の衣装を着て、砂漠で歌うPVを出しただろ?憶えてる?
セクシーさを前面に出してカントリーのイメージを変えた。


君(テイラー)もカントリー歌手らしくない。

外見はまるでポップ歌手だ。一般的なカントリーのイメージとは違う。

テイラー: "クロスオーバー"と言う人もいるわ。
私がカントリーを捨てたみたいにね。
でもそれは違う。私の曲が幅広く聴かれるようになっただけ。

ジョー: 型を破るだけでも勇気がいることだよ。僕達の音楽も理解されなかった。

世間の半分はヘヴィ・メタルととらえ、残りはヘヴィ・メタルと認めない。
僕達自身はヘヴィ・メタルをやっているつもりはない。
ロックというジャンルにもこだわらず、自由な音楽を目指していた。

君(テイラー)の音楽もカントリーの発展形だ。
リック・サヴェージ: 固定観念にとらわれず、自分を信じるべきだ。

  


テイラー・スウィフト
デフ・レパードからのアドバイス通り
己に限界を設けず

音楽のカテゴリという
ちいさな壁を乗り越えて

リリースするアルバムは
その時毎に
自分の音楽性を変容させていきます

いや
ファッションや曲調が変わっても
テイラー自身の本質
「自分」
は変わってないのかも

あらゆる音楽を
飲み込み
吸収し膨張していくかのごとく

2015年の『1989』ツアーでは

自分が影響を受けた
様々なアーチストとの

コラボを行なっています




当時17才の
テイラー・スウィフト
DVDでこう評価されています

  

リック・サヴェージ:
ロックとカントリーは対極にあると思ってる人もいる。だが意外と近いんだ。

ジョー: テイラーの曲は典型的なカントリーとは違う。
バンジョーとフィドルが無ければポップだ。

だが歌詞やメロディーは本質的にはカントリーだ。

フィル・コリン:
君のスタイルが良く表れているよ

  



時は進み
2017年10月3日


メキシコ🇲🇽
メキシコシティ
メキシコシティ・アリーナ


まだその年に
自主制作のアルバム
を1枚しか出していない
新人のバンドが

デフ・レパード
ワールド・ツアーの
オープニング・アクトに
大抜擢されました


そのバンドこそ

メキシコ🇲🇽の三姉妹による
次世代ロックバンド


ザ・ウォーニング
(THE WARNING)







この時

ギターの長女、ダニーは17才
ドラムの次女、パウは15才
ベースの三女、アレは12才(!)

でした


翌10月4日には

メキシコ🇲🇽第2の都市

グワダラハラ



そして10月7日

ザ・ウォーニングの地元

モンテレイ

で開催された

MOTHER OF ALL ROCK FESTIVAL



では

ザ・ウォーニング

デフ・レパードの他


アリス・クーパー

ヴィンス・ニール

テスラ

バックチェリー




といった

錚々(そうそう)たるバンド達と

同じステージに立ったのです


当時ジョー・エリオット

ザ・ウォーニング

こう評しています


ザ・ウォーニングという若くて素晴らしいモントレイのバンド。君らに警告(warn)するよ。

三姉妹さ。なんという音を出すんだ。

彼女達から目を離すな。かなり良いバンドだ。」




デフ・レパード
AC/DC
自分達にしてくれた
恩義を忘れず

新鋭の
ミュージシャン達に
還元しているんですね


現代に戻り

今月4日〜10日
マイアミ - ビミニ諸島周辺で
行われた
シップロックト・フェスティバル



に参加した

ザ・ウォーニング



フェスティバルの名前

に偽りなく

本当に船🚢の上で

ライブをする


ザ・ウォーニングにとっても

初めての体験だったようです





フェスティバル中の

2月5日


ドラム担当・次女パウ

22才の誕生日🎂を

船上で迎えました

(おめでとうございます🎉)



一緒に参加した

80'sヘアメタルリバイバルバンド

スティール・パンサー

とコラボし


最終日

AC/DC

Highway to Hell

を演奏したそうです





こんな形をしているのに


実は全て

実験を繰り返しながら

自然科学に基づいた

数学・幾何学

を用いて作られていたりします



現在のサグラダ・ファミリアを

実質的に作り上げた

アントニオ・ガウディ

こう言っています


創造は

人間を媒介として

間断なく継続しているが

人間は創造しない


人間は発見し

その発見から出発する


〜それ故

独創性(オリジナリティ)とは

起源(オリジン)に戻ることである



昔の偉大な
ミュージシャンの音楽を
聴いて知るということは
ただの懐古趣味
だけではないことを

今を生きる
テイラー・スウィフトザ・ウォーニング
教えてくれている

そんな気がします


素晴らしき深遠な音楽世界
への
若き道案内人
なのかも知れません

(完)


それでは。