最初期のデフ・レパードは
AC/DCやUFO
ナザレスやスウィート
シン・リジィなど
70年代の
ハードロック・レジェンド達の
音楽性に
強い影響を受けていました
デフ・レパードのボーカル
ジョン・エリオットが
初めてAC/DCを聴いたのが
1976年
それ以降
AC/DCの虜(とりこ)となり
翌1977年10月12日
イギリス🇬🇧イングランド🏴
シェフィールド大学で
1978年11月4日には
シェフィールドのライブ会場の
最前列でいちファンとして
AC/DCのライブを観たようです
を
発売後
大手メジャー
フォノグラム/マーキュリー
とレコーディング契約
を締結
その年秋の
『Highway to Hell』
のUK🇬🇧ツアー
(10月25日〜11月9日)
でいきなり
AC/DC
のオープニング・アクト
に大抜擢されます
当時メンバーは全員10代
ドラムのリック・アレンに
至っては若干15才
バンドは
自分達のヒーロー
と共演する
貴重な機会を得たのです
2ndアルバムは
バンドたっての希望で
AC/DC
『Highway to Hell』
のプロデューサー
ジョン・"マット"・ラング
と組んで製作され
アルバム収録曲
「ブリンギン・オン・ザ・ハートブレイク」
のMVが
当時新興コンテンツだった
MTVの
ヘヴィ・ローテーション曲
となり
アメリカ🇺🇸でヒット
ダイアモンド
(1,000万枚以上のセールス)
認定となった
3rdアルバム
『Pyromania(炎のターゲット)』
メガヒットの布石となりました
ただし
アルバム曲が
次々とヒットしたこと
当時の
多くのN.W.O.B.H.M.
のバンドとは異なり
最初からアメリカ志向であった
ことから
「イギリス🇬🇧を捨てた」
など
色々と叩かれたようです
DVD収録の
対談では
こんな興味深い話をしています
ジョー: 女性カントリー歌手といえば、イメージは出来上がっている。
ブーツにミニスカート、カーボーイハットだ。
ミニスカートは必ずしも必要じゃないがね(笑)
ところがシャナイア(・トウェイン)が砂漠で豹柄の衣装を着て、砂漠で歌うPVを出しただろ?憶えてる?
セクシーさを前面に出してカントリーのイメージを変えた。
君(テイラー)もカントリー歌手らしくない。
外見はまるでポップ歌手だ。一般的なカントリーのイメージとは違う。
テイラー: "クロスオーバー"と言う人もいるわ。
私がカントリーを捨てたみたいにね。
でもそれは違う。私の曲が幅広く聴かれるようになっただけ。
ジョー: 型を破るだけでも勇気がいることだよ。僕達の音楽も理解されなかった。
世間の半分はヘヴィ・メタルととらえ、残りはヘヴィ・メタルと認めない。
僕達自身はヘヴィ・メタルをやっているつもりはない。
ロックというジャンルにもこだわらず、自由な音楽を目指していた。
君(テイラー)の音楽もカントリーの発展形だ。
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リック・サヴェージ: 固定観念にとらわれず、自分を信じるべきだ。
テイラー・スウィフトは
デフ・レパードからのアドバイス通り
己に限界を設けず
音楽のカテゴリという
ちいさな壁を乗り越えて
リリースするアルバムは
その時毎に
自分の音楽性を変容させていきます
いや
ファッションや曲調が変わっても
テイラー自身の本質
「自分」
は変わってないのかも
あらゆる音楽を
飲み込み
吸収し膨張していくかのごとく
2015年の『1989』ツアーでは
自分が影響を受けた
様々なアーチストとの
コラボを行なっています
アヴリル・ラヴィーンと
スティーヴン・タイラー
(エアロスミス)と
ミック・ジャガー
(ローリング・ストーンズ)と
当時17才の
テイラー・スウィフトは
DVDでこう評価されています
リック・サヴェージ:
ロックとカントリーは対極にあると思ってる人もいる。だが意外と近いんだ。
ジョー: テイラーの曲は典型的なカントリーとは違う。
バンジョーとフィドルが無ければポップだ。
だが歌詞やメロディーは本質的にはカントリーだ。
フィル・コリン:
君のスタイルが良く表れているよ
時は進み
2017年10月3日
・
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メキシコ🇲🇽
メキシコシティ
メキシコシティ・アリーナ
まだその年に
自主制作のアルバム
を1枚しか出していない
新人のバンドが
デフ・レパード
ワールド・ツアーの
オープニング・アクトに
大抜擢されました
そのバンドこそ
メキシコ🇲🇽の三姉妹による
次世代ロックバンド
ザ・ウォーニング
(THE WARNING)
ギターの長女、ダニーは17才
ドラムの次女、パウは15才
ベースの三女、アレは12才(!)
でした
2017年10月3日のライブから
Survive
翌10月4日には
メキシコ🇲🇽第2の都市
グワダラハラ
そして10月7日
ザ・ウォーニングの地元
モンテレイ
で開催された
MOTHER OF ALL ROCK FESTIVAL
では
ザ・ウォーニングは
デフ・レパードの他
アリス・クーパー
ヴィンス・ニール
テスラ
バックチェリー
といった
錚々(そうそう)たるバンド達と
同じステージに立ったのです
当時ジョー・エリオットは
ザ・ウォーニングを
こう評しています
「ザ・ウォーニングという若くて素晴らしいモントレイのバンド。君らに警告(warn)するよ。
三姉妹さ。なんという音を出すんだ。
彼女達から目を離すな。かなり良いバンドだ。」
10月7日
ザ・ウォーニングがデフ・レパード
「シュガー・オン・ミー」
をカバーしている動画が
残っていました
デフ・レパードは
AC/DCが
自分達にしてくれた
恩義を忘れず
新鋭の
ミュージシャン達に
還元しているんですね
現代に戻り
今月4日〜10日
マイアミ - ビミニ諸島周辺で
行われた
シップロックト・フェスティバル
フェスティバルの名前
に偽りなく
本当に船🚢の上で
ライブをする
ザ・ウォーニングにとっても
初めての体験だったようです
フェスティバル中の
2月5日
ドラム担当・次女パウが
22才の誕生日🎂を
船上で迎えました
(おめでとうございます🎉)
一緒に参加した
80'sヘアメタルリバイバルバンド
スティール・パンサー
とコラボし
最終日
AC/DCの
「Highway to Hell」
を演奏したそうです