自分の人生とは何だったのだろう。。。
そんなことを考える時間が、ここ最近とても増えてきた。
今年、還暦を迎える。その節目が、自然とこうした思索を呼び起こしているのだろう。

幼少期の記憶から始まり、
小中学校での出来事、今でも続く友人とのつながり。
受験、そしてどうしようもないと思っていた高校時代。

そこから空自航空学生となり、戦闘機操縦士へ。
同期という、かけがえのない仲間を得た。
あれはまさに天職だったと今でも思う。

世の中がバブルであったことも、その崩壊も、当時の私はよくわかっていなかった。
退職し、高校時代から交際していた彼女と結婚。
我が子のための学びが高じ、教育の道へ進んだ。

毎日2冊の本を読み、子どもたちのために自分を磨いた日々。
そして、その頃NLPとも出会った。
3人の子どもを授かり、まさに“子宝”という言葉を実感した。

やがて弟が急逝し、会社を引き継ぐことになった。
といっても、私にできることは多くなかった。
離婚、無一文、多額の負債——自己破産を本気で考えたこともある。
我が子との関わりの時間を奪われたことは正直 一番つらかった。

それでも小さな教室を開き、そこから中国への進出という新たな流れが生まれた。
文化や思想の違いに揉まれながら、ほぼ中国全土で教育啓蒙の講演と指導を行い、たくさんの教師や保護者からの感謝の言葉をいただいた。

NLPを応用して生まれた“プチ速読”。
書籍化され、日本全国で講座を行った。
メンタルの講座でも全国を飛び回った。
子育ての本も上梓、多くの人に読んでいただき、ベストセラーにもなった。

エアロバティックでは、自分の技量が向上していく実感が楽しくてたまらなかった。
全日本大会にも参加し、やはり空は私の原点だと思った。

その後、教育業界にいた女性と再婚、
児童福祉の枠組みで子どもたちのための施設を一緒に立ち上げた。

そして突然の、身に覚えのない“異国での裁判”。
何が起きているのか理解できないまま、通信制大学のスクーリング時期とも重なり、あの時期はまさに嵐のようだった。

娘も結婚し孫も生まれた。
無条件に可愛い。

今はさまざまな特性や発達の凸凹を持つ子どもたちと向き合う日々。自分の子供との時間を取り返すような感覚が起こることもある。
それはとても楽しく充実している。

私の人生を「曲がりくねって勢いのあるウォータースライダー」と表現され、その比喩に、思わず納得してしまった。

過去を思い出すといつも誰かがある。
スライダーそのものが“環境”であり周りの人たちだったんだな。

愛する妻、親、兄弟、子どもたち、友人、仲間、そして良くも悪くもご縁のあった人々。
改めて、深く感謝している。

もみくちゃにされたようでも、結局は私はその流れを自分で構築し楽しんできたのだ。
そういった意味づけをするのは自分自身だ。

私をこの世に生んでくれてありがとう。
誕生日は親への感謝の日でもある。

今日、暦が還った。
この先、いったいどんな流れが待っているのか、作り出していけるのか。

うん、やはり楽しみである。

感謝!

やってしまった。。
成田空港行きの電車にてスマホを落としてしまった。
第二空港駅まで手にもって連絡をしていたのだが、ちょっと停車中に寝落ちしていたようだ。

空港でチェックインを済ませ、手荷物検査で無いことに気づき、

急いで駅に戻ったのが、残念ながら届いていなかった。

泊まるホテルも、乗り継ぎ便もわからずなのに中国行きの便に駆け込み搭乗。
そう乗ってしまったのだ。

 

最近はスマホ決済ができるので財布も持たず。
しかも関係者への連絡先も到着後の最終目的地も不明。
どうなるかとも考えたが、どうしようもない。

結局深セン空港ではうろ覚えのホテル名で無料バスに乗るものの、
かなり揺られついてみたら、当然予約の入っていない知らないホテルだった。
後で分かったが本当は駅隣接のハイアットだったらしい。。残念。

 

そうメールの存在。

もちろん試みた。

しかしすべてgoogleだけでなく、NiftyもYahooも接続できなかった。。


深夜もかなりすぎ2、3時間しか寝られないので寝坊のリスクを避け、
泊まりもせずもうそそのまま朝を迎えることに。

 

朝一で空港に戻り自動チェックイン機を使い、そこで搭乗便を確認。

しかしカウンターで搭乗券を受け取っていないということでちょっとで再発行。

しかし席はちょっと良くなってラッキー。

 

何とか目的地へのフライト。

しかしそれだけではやはり終わらない。

 

迎えの者と待ち合わせを決めていなかったのだが、
まあ大丈夫だろうと杭州空港に着くも誰もいない。。。
おいおいと内心。

迷子になった時の鉄則は動かないこと。
そう思ったが、迎えに来る人間の性格を考えると捜し歩くような機転はないだろう。

もしやと思って他の出口に行ってみたら、
なんとそこにいたのだ!
一安心。

で、講演を立て続けに2本行いすぐ帰国の便へ。

 

帰りも搭乗券の名前が氏名逆になっていて。。。

 

でもなんとか今、帰国途中の韓国でこれを書いています。

ちょっとした冒険旅行気分だったな。

ははは。

 

スマホ見つかるといいなあ。