(16日中に書くつもりが17日の朝4時になってしまった。)
そうそう、玄関先に子猫の頭部が落ちていた!
というその後のお話。
見つけた瞬間、私は紙袋に入れて娘に分からないように
庭の隅に置いておいた。
サイクリング&ピクニック to 嵐山から夕刻に帰ってきてから、
<埋葬してあげたい(土に埋めてあげたい)>
と思うようになった。
やはりゴミ箱→朝のゴミ出しはいかんだろう、との思い
が強くなり
事情を家族に打ち明け、「それじゃあ堤防のとこまで行ってくるわぁ。」
と言ったら「わたしも行く!」と娘。
10分ぐらいかけ、私たちは堤防へ自転車で行った。途中のコンビにで
ワンカップの酒を2つ買い
地元の農家の方の迷惑にならない(と思う)ところに穴を掘り、
埋めてあげ、数少ない知っているお経を唱えました。
「あの世か、この世か分からないけれどまた元気でがんばろう!」
などと声をかけて、娘と二人で合掌しました。
娘は何を思ったか知らないけれど(妄想好きな子なので)
まあまあ、良い体験だったのではないだろうかと考えています。
「死」というものに子どもの頃から触れる体験として