最近「毒親」という言葉をよく耳にしますよね
言葉の汎用性が高く、例えばスマホを買い与えなければ毒親、お小遣いが少ないから毒親、怒ったから毒親
けれど、本当の毒親ってそんなものではありませんよ?
ということで、自他ともにみとめる毒父親から育った私の当時の心境や成長を紹介します!
父の一番の毒親ポイントは「子供の前で母親に暴力を振るう」ことです。いわゆるDVですね
はいクソ、とりあえず法律に引っかかりますね
れっきとした犯罪です。
これを見ている娘の気持ちわかりますか?
私は一人っ子なんです。だから分かち合える相手なんて1人も居ないんですね。
ちなみに、今回は”私カワイソー悲劇のヒロイン”ムーブでいくので温かく見守っててください。
話を元に戻します。
こんな家庭に生まれたので、幼稚園児くらいまではどこの家庭も暴力は当たり前に起きていることだとおもってたんですね。
男は女に暴力を振るう生き物なのだと思っていたので、男性恐怖症でした。
幼稚園の先生も好きではあったんですけど、「男性」と言うだけで信用できなくて酷いことを沢山言ってしまったんですよね。
優しくしてくれていたのに、心にもないことを言ってしまって本当に後悔しています。
ただの優しくて面白いいい先生でした。
しかし、父もずっと暴力を振るうような人ではなかったんです。
まだ幼かった私を可愛がっていたし、色々と買い与えてくれました。
なので幼い私には、どちらが本当の父親なのか分からなかったんです。
だから当時の私は、父親が2人いるのだと思っていました。
私が幼稚園にあがるまで父は単身赴任をしていたのです。そのため常時家にいる訳ではなく、月に1回ほどしか会いませんでした。
私は父をきちんと父として認識していたかは定かではありませんが、「父が帰ってくる」と聞かされる度、どちらの父が帰ってくるのだろうかとどぎまぎしてました。
そんな私も小学校にもあがると、私の家庭は普通では無い、2人の父親は同一人物だと認識するようになりました。
ところが、また現実逃避なのか思い込みをしはじめたんです。「父と母は演技をしているのだ」と
私を心配させたがっている、ドッキリなのだと本気で信じていました。
仁王立ちになりながら母を見下ろす父
私は座っている母の上に乗っていました。
父から「そこをどけ」と言われるんです。
それに応じると父は母を押し倒し、殴り蹴り出すんです。
絶対にどく訳にはいかない。何度言われても母にしがみつき続けたんです。
けれど、何度も拒否しているうちに母からか剥がされてしまうんです。
いつの間にか母は過呼吸になって苦しみ出して、もがきだすんです。
どうしたらいいか分からない、このままでは死んでしまうのではないか
何度も自分に言い聞かせました。これは演技なのだと
本当は演技ではないのかもしれないと心のどこかで分かっていました。
けれども信じるしかなかったんです。まだ5歳6歳の私には何もできなかったんです。
続きはまた更新します