2023年8月
親父が半年以上の入院のあとに他界した。親父が現役の頃は厳しくわがままな部分もあり、二人っきりになると何話していいかわからないぎこちない関係だったが、地方都市の大病院で雇われではあるが、地方の都市の医療に貢献したと色々な人に言われる立派ではある医師ではあった。引退後は介護施設とクリニックを開業したが、そんなにうまくいっているとは言えない状況だった。
その開業してっちょっとした頃に俺が脳出血で倒れリハビリ含め入院を半年以上し、退院するころに、地元に帰ってきて助けろ。俺はひどい目にあってるんだと言われ、俺に何かを頼むなんてことがなかった親父の言葉に帰郷を決め、とりあえずは診療のpc入力を手伝いはじめました。親父は70代になり、おじいちゃんになったなって感じだったが、いままでの気難しさはなくなり優しいおじいちゃんになっていて、俺もこんなおじいちゃんになれたらいいなって思えるほどでした。介護施設とクリニックは母親がしきり、親父が一度クリニックでミーティングをした時には母親が私抜きでやるんじゃないと親父をなじっていました。親父も少しずつ認知機能が落ち始め、部屋でゆっくりしていることが多くなり、一度、「あいつを追い出して俺の金を取り戻してくれ、市役所に行けばいいのか?」と言われ、「弁護士入れるしかないねぇ。その代わり離婚やね。」と言ったら黙っていた。その後一度だけ、父親が母親に
「俺が院長で理事長だ。出ていけ。」とどなった時があった。その時、母親は馬鹿にした感じで通帳を投げつけ「私が居なくて何が出来るの」と言っていた。親父は「K(俺のこと)とやっていくからいい」と言うと