自分の人生の過去未来、どこに行きたいですか。
むかしのある場面に戻って、誤解を解いたり、選ばなかった方を選ぶよう助言したり、
泣いていたあの子に、大丈夫、それでいいよ、あなたのままでいてって、声をかけたい。
小さかった子供の自分を励ましてあげたい。
私はそう思います。
みんなに非難されて、同調圧力にまけて、
それでもこうして大人になれたよ。
一人でも、そんなの変だって笑われても、
あなたの好きなこと、そのまま好きでいて大丈夫だよって。
ちょっとずつ蓋をして、押し通す強さもなくって、
でも忘れない、葛藤しながら、大人になった。
やっとほっとしてるけど、
辛いことも、嫌なやつもいるし、
あなたのコンプレックスは、まだここにあるけど。
でもあのとき。
もっともっとやっても、
誰も困らない、怒られないし、悪くなかったんだよって。
伝えてあげたいと、私は思います。
子育てをしていると、その幻想というか、
自分の育て直しの感覚に陥る人は多いと思うのだけど、
あくまで、自分と似ているけど彼らの魂は彼らのオリジナルのもので、
大人や親がどうこうできるものでもしていいものでもないのですよね。
分かってはいるつもりでも、つい、
なにかを選ぶときに誘導尋問しがちではないかしら。
私も便宜上、本読まなくってしんぱーい、とか言うし、自分が本が好きだから同じ喜びを感じてほしいなんておもうけど。
あくまでそれは、「私」が読んで欲しいと思ってます、ということなんですよね。
彼らの問題ではない。
だから、なるべく、
なにかを勧めるときは、
私がやりたい!と伝えています。
かわりにやりたいわー、これ、いいなーって言う。
「私」がやりたいけど、対象は子供だから、代わりにいってきてくんない?みたいなスタンスで。
そうすると、例えばつまんなかったって帰ってきても、そっか面白そうだったんだけどね、と思える。
「色々都合つけて準備してお金もこんなにかけたのにきー」とか、ならないわけです。
まぁ、なることない人はいいんだよ。
潤沢な資金で遊べはよし。
また、こどもそっちのけで、楽しんでらっしゃる方はなにか別々の行動を取られるとまた双方の満足度が高まるかと思う。
親がさりげなく誘導してやらせたものは、親が喜んでるのを見るのが彼らのゴールになってしまうこともあるということ。
はまればいいけど。
それも、親も喜んでなかったら、
なんでやってんだ?って謎が生まれ、
やりたくもないことをやることができる技術だけが、必要以上に磨かれてしまう気がします。
この、こどもDIY部にはそれがない。
彼らを、大人の見えない思惑からゆったりと守ろうとするような意図をいつも感じるのです。
その、代表のさかたさんが、こども向けのざっくりいうと起業塾を立ち上げます。
ただ今クラウドファンディングをされているので、ぜひ応援してみてください。
息子は、こどもDIY部の活動に参加してくると、
くたくたに疲れてでも目はらんらんとしながら、寝る、と一言いってバタンキューすることが多いです。
そしてほんとうに面白いことー火を見ること何か燃やすこと、親じゃない大人が自分を必要としてくれること、責任を持つことお金を稼ぐこと自由ということーを、持ち帰っているように見えます。
もちろんうまくいくことだけではないのだけど。
「習い事」とは一線を画します。
さかたさんは、彼らにそのままで好きにやってみなさいと、伝えてくれているのだと思います。
もしあなたが、タイムマシンにのったら過去の自分に大丈夫だよ、と伝えたい部類の大人なら。
あなたのこどもや、昔の私たちに、大丈夫だよって伝えてくれるさかたさんの活動に参加してみると面白いと思います。
いつか、年をとった自分がタイムマシンで今にやってきて、今やりたいと思ってることをやっていいよ。
全然やって大丈夫だよって伝えてきたら、どうしますか?
それでもためらうとは思うけど、やっぱりやろうとするかな。
少なくともやりたいと思って、いいんだって思うよね。
大きくなったこどもも、心からイエスと言えるように。
そんな方向へ、やっとこさ日本社会も動いてきている気がしませんか。
お仕着せの「習い事」なんかより、もっと手強いなにか、
少年野球よりも公平でやさしく、
英会話教室よりもずっとナマの感覚を持てる。
ぜひ、応援よろしくお願いします。











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