価値の価値



母は銀行マンだった。


なので、

お年玉には500円玉の記念硬貨が

よく登場した。

しかも大量に、

一度に8枚とか…。


(普通のがエエンダガ…) 


と、内心思っていた。


時代はまだ「昭和」だった。 


我が家は共働きだった為、

小学生の頃は学童保育に通っていた。 

おやつはそこで出してもらっていた。


だからなのか、

買い物に行く時間が無かったからなのか

我が家には今どきのお菓子が一切無かった。

チョコも飴も何も無く…



あるのは、

母親の好きな甘納豆と煎餅…。

アイスなんてハイカラなモノもなく

代わりにバナナを凍らせいた…。

(硬すぎて、いつも一口かじっては

冷凍庫に戻していた…なかなか減らない笑)



ある時、 


『お菓子、買いたい‼︎‼︎』 


『イマドキのお菓子、食べたーーいっ』



意を決した私は、

その記念硬貨を握りしめて

ひとり、スーパーへ向かった。

小学校3年生の時。


ポテトチップスやら

ポッキーやら、

色とりどりのお菓子を抱えてレジへ…


差し出した

500円玉記念硬貨を見て

レジのパートのおばさんが、固まった。


裏、表、ウラ、オモテ…


何度も見てる


(…⁇)


だんだん不安になり


恥ずかしくなってきた。


(お金、本物なんだけどな…)


(私のお母さん、銀行員デス…)


と、内なる声。


それも、そのはず

その記念硬貨はつくば万博のモノだった。


三角のピラミッドような形の中に

斜めの輪っかのレリーフ。

イメージは科学なんだろぅ…

※昭和60年 国際科学技術博覧会 

(通称 つくば万博)


パートの上司の方と思われる方も来て

その硬貨を二人でマジマジと確認されて…


しばらくして


ようやく、


よーやく、

私はお菓子をゲット

する事が出来たのだ。


めっちゃ恥ずかしかったなぁ

マジで。


まぁ、

ピッカピカの硬貨でピラミッド…

あやしぃ〜 笑


そりゃ、

確かにニセモノと思うわな 


と、今は思う。


が、当時は

恥ずかしさと悔しさでいっぱいだった。


(お金なのに…)


(『価値』あるもののはずなのに…)


(だから、フツウのやつが良かったのに‼︎)


と、

母親に対して

モヤモヤした感情があった。


が、


その後すぐに、


(てか、本物のお金なんだけどっ⁈)


(なんで、アタシがこんな思いするん?)


(つーか、知らない方がワルイじゃんっ)

     ※いや、知らないのが普通です。


とナゾの開き直りをした 


恐るべし9歳 笑



以来、 

おもちゃみたいな500円玉を

正々堂々、意気揚々と差し出した。


困り顔のレジのパートさんを横目に


(見たことないでしょ〜)


(これは『価値』あるモノですぅ〜)


と、ドヤ顔で確認作業が終わるのを待った。



「価値ある500円玉」は

「本来の価値」を発揮して、我が家には無い

「価値あるお菓子」へと次々と交換されてイッタ

 (母には内緒で 笑)



ー【価値の価値】ー 


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ふと思い出した

40年前の

昭和の思い出デシタ!



※トップの写真は東京駅の記念硬貨


✴︎✴︎読んで下さり、ありがとうございました✴︎✴︎