夢だと思った。

でもそれは夢なんかじゃなくて、確かにそこにある触れられるもの、感じることのできるものだった。

それでも信じることができなかった。

触れて、感じるその指先からは、冷たさと現実の非情さしか感じられなかった。

信じたくなかった。





雪 の 国 /  1.表情のない少年少女






今年もまた夏が来た。

ミーンミーンと鳴く蝉と、最近一際高くなった気温がそれを告げている。

窓側の席に座った村上 小春は、眉間に深い皺をよせ、黒板の文字を睨みつけていた。イライラしているようだ。

小春の席に容赦なく降り注ぐ陽射しも、痛いくらいに肌に刺さる紫外線も、校庭から聞こえる体育中の騒ぎ声も鬱陶しくてたまらない。

涼しい風を運んでくれるクーラーと目前に迫った夏休みだけが今の救いだ。


「小春!小春!」

「なに?」

「あれ、幸太くんじゃない?」


小春は面倒くさそうに、前の席に座っている花澤 佳奈子が指差す方向に目を向けた。

そこには体育の授業中なのか、片手にボール持ち、こちらに手を振っている男がいた。

山吉 幸太、その名の通りいつでも幸せそうに笑っている、元気が取り得の小春の幼馴染みだ。


「なーにやってんだか…」


小春は呆れたように小さく溜息をつくと、シッシッと追い払うように手を動かした。

それでも笑っている幸太はもう1度大きく手を振って、それから体育の集団へと戻っていた。


幸太は何でいつも、ああやって笑っていられるのだろう。

小春は最近、幸太の笑った顔しか見ていないことを思い出し、そう思った。

家が隣同士、そして家を出る時間が一緒なので、ほぼ毎日登校を共にしているが、彼が小春に「笑う」以外の表情をみせたことがない。昔は思ったことがすぐに顔に出る、表情豊かな子だったのに。

悩み、ムカッとしたこと、悲しいこと、悔しいこと、全てを忘れてしまったようだ。

逆に、小春はあまり笑わなくなっていた。そして泣きもしないし、怒りもしない。時々みせる表情は、顔を歪める程度。

幸太が「忘れてしまった」のなら、小春は「あきらめてしまった」ようだった。


2人から表情を奪った理由、それは…一年前、幸太の兄であり小春の恋人であった山吉 幸介の死だった。


突然だった。一年前の雨の日、幸介は死んでしまった。

自室の床の上に、眠るように横たわっていたのだ。病気でも、事故でも、もちろん自殺でもない。原因不明の死だった。

いつもと変わらぬ微笑を湛えていて、とても死んでいるとは思えなかった。

しかし、その体は冷たかった。

凍りつくかのように、冷たかったのだ。

その時から、日に日に二人は表情を失っていった。

彼の死は、二人の中では大きすぎるものだった。それ程までに彼を、愛し尊敬していた。




ねぇ、お願いだから、目を覚ましてよ。