恐怖体験!石手寺「清浄洞窟」!!カルチャーショック!!

 もう約1年前の体験だが、すごい体験をした。石手寺といえば「マントラ洞窟」が有名だが、私が恐怖体験をしたのは、「清浄洞窟」と案内されている資料館の入り口部分であった。帰って石手寺の公式サイトを見てもこの「清浄洞窟」に関する記述はなく、今もって石手寺との関連はどうなっているのか疑問である。私が境内を散策するうちに、ふと、この洞窟の入口にさしかかった。有名な札所にも関わらず、メインルートから外れているため、この日、この時間、この場所で私以外に人気もなく、静寂の世界であったことも私がパニックになってしまう一因であったと思う。

 入口から2,3m行くとそこは漆黒の闇への入口。一瞬ためらって進むか撤退するか、考える。観光気分のお遍路さんの付き添いである私は、「まあ、観光施設の一部だろう。」と高をくくって進むことにする。それでもあとから他の観光客が、後続すればこんなことにはならなかった。しかし、その時は私一人の静寂の世界。進むうちにいよいよ漆黒の闇に自分一人の状態になった。何も見えないのでもし障害物が目の前にあっても当たってしまう状況にあった。それでもよく説明文を読んで先の見通しがついていればこんなことにはならなかったであろう。

 進退に窮した私は、スマホの懐中電灯機能を活かそうとした。しかし、普段より使っていない機能。焦ってパニックになりかけている私は、結局、機能を使えずじまい。まさか、観光気分の寺院でこんな事になろうとは、思いもよらなかった。よく考えればそんなことがあり得るわけないのに、死の恐怖が一瞬、頭をよぎった。まさか、まさかのこの事態。しかし、漆黒の闇の中にかすかな明るさ。「助かった!」と思ったらそこは、洞窟の行き止まり。仏像が安置されているだけであった。引き返すしかない。まだ、こんな事態に陥ったことが、現実であるのに現実を受け入れられない。「光のない世界で自分一人。」という体験を急に体験するとどうなるか。それは、漫画や小説の中で読むタイムマシンのような世界であった。

 しかし、とりあえず自分一人で解決しなければならない。入口に引き返す道か、資料館へ通じる道かどちらかたどり着けば、日常の世界へ戻ることができる。早くこの状態から脱したい私は、引き返すことを選択。また、引き返す道は、上に向かう道でもあったので、まだ、下に行く可能性のある進む道には、足が向かなかった。

 何とか入口に戻り、春の心地よい世界に生還した私は、今の体験のインパクトに改めて驚愕した。「まさかこんな体験をするとは!!」旅行はそれなりにしてきたが、これほど強烈な体験はなかった。なぜ、こんな施設が現に存在するのか疑問に思った。何かあった時の責任問題をどう回避するのだろう。そういう意味では、こんなインパクトのある体験が是非してみたい人は、早めに行くべきだと思う。

 コードネームを見て楽器を演奏していて、BとB♭を間違えた経験は、ありませんか?視力の関係で♭を見落とすイライラは本当に腹立たしいです。そこで提案します。「音名ロ」はH。「音名変ロ」はB。を採用するのです。発音もハーとベーで聞き間違いはありません。要するにドイツ式です。H  Hm H⊿⁷等です。ちなみにHM⁷もHm⁷と混同しやすいので、ジャズで使用されることが多いH⊿⁷と表記したほうが誤認が少なくなります。また、Bに♭をつける必要もなくなります。老眼になった人には、ぜひオススメします。「変ロ」は、「へ」の属音で使用頻度が高く「ロ」とは明確に区別すべきだと思います。その点、ドイツ式は深く考慮されていると思います。

 ちなみに別件ですが、C⊿⁷もEm on C と表記した方が、楽曲に対する理解が深まると思います。

 「奈良 みんなでボヘミアン・ラプソディをうたう会」発足について

 みなさん。こんにちは!!クィーンの数ある名曲の中でも「ボヘミアン・ラプソディ」(以後ボヘミアンと称す。)を熱愛する奈良県在住の男性です。これまでの人生で私はポップス、ロック、(クラシックの要素も含む。)のカテゴリーの中でボヘミアン以上の名曲を知りません。初演当初から演奏時間が6分近くになるボヘミアンは、異例でした。クラシックも多少かじった私には、冒頭のアカペラの素晴らしさは衝撃でした。ギターの得意な同級生と練習を始めて、年明けにまた練習しようということになりました。そこでボヘミアンをプレイしたいという熱意のある方を募集します。歌うと言っても楽器で歌う意味も含んでいます。ボヘミアンは、クイーンも長年の歳月とテープが擦り切れるほど多重録音を重ねる難曲ですが、コツコツと部分練習を積み重ねれば、素晴らしい演奏ができると思います。ぜひ、歌でも楽器でも奮って参加して頂ければ幸いです。あなたの応募を心待ちにしています。

 

 水耕栽培キットの実力は?疑問に思った私は、実験してみました。水耕栽培キット(左)は、iDOO(id-ig308)。比較するのは、市販の豆腐の容器にハイドロボールや水苔、スポンジなどの培地に毛細管現象で水(液肥)を与えるもの(右)。結果、水耕栽培キットの勝利でした。キットのレタスは、健康的に大きく育ったのに対し、豆腐の容器のレタスは、色が薄くひょろひょろ。また、キットの水は減少が少なく手間いらずでした。キットのデメリットは、電気代(自動水循環用、照明用)がかかること。豆腐の容器は、私の部屋にあったので積算温度は、有利であったはずなのに。キットの照明が有利に働いたのかとキットのある寒い玄関に豆腐の容器を移動したものの、差はあまり縮まりませんでした。結論として水の自動循環システムが、有効だったと思います。(私はメーカーとは無関係です。)

 大和の国は、明治20年(1887年11月4日 - 奈良県(第2次)の管轄となりました。しかし、なぜこの時点で大和県ではだめなのでしょうか?

 元々はヤマト王権の本拠地である奈良盆地の東南地域が、大和(やまと)と呼称されていた。ヤマト王権が奈良盆地一帯や河内方面までを支配するようになると、その地域(後の近畿畿内)もまた大和と呼ばれるようになった。そして、ヤマト王権の本拠が所在した奈良盆地周辺を範囲とする令制国大和国とした。さらには、同王権の支配・制圧が日本列島の大半(東北地方南部から九州南部まで)にまで及ぶに至り、それらを総称して大和と呼ばれるようになった。こうして日本列島、つまり日本国の別名として大和が使用されるようになった。
 奈良の由来は、平らにすることをいう「ならす(均す・平す)」と同源の「ナラ(平・均)」で、緩やかな傾斜の平らな土地を表した地名と考えられる。語源からして雄大で勢いのある大和の方が県名としてふさわしいと思うのは、私だけでしょうか?
  そう言えば、松本に住む人は、長野県の松本というより信州の松本と説明したいとか?