→昨日(5/11)の続きです。
…なんとなく、彼の性格からして「予想」はついたのですが
やはり、震災ボランティアの件での来校でした。
しかし、震災後、話をした卒業生達と違っていたのは
彼自身が、あの日、あの場所で
地震に遭い、津波から逃げ、
避難所生活をしていたという事実。
何故、彼がそこにいたのか。
それは全くの偶然からでした。
腰を悪くしていた彼は手術、退院した後、
旅行に行こうと思い立ち、ノープランで東京駅にその日いました。
そして東に行くか、西に行くか。
なんとなく、勘で東に決め、
今年の3月にデビューしたばかりの新幹線、
コレに乗り、降り立ったのは仙台!
しかし、「…都会すぎるな。ちょっと違う…」
と思い直し、またしてもノープランのままローカル線で
北上してったワケです。
そしてよく分からないが適当な景色のその町に降り、
るるぶだの、旅行者用の雑誌は後で買おう、と
その町をうろうろし始めました。
そのわずか1時間後の事だったそうです。
3月11日14時46分
日本中の人間が「今の日本」を知るきっかけになった
あの瞬間が訪れたのは。
彼、私は在校中からアスカ君と呼んでいたのですが…が、
偶然降り立った町は宮城県の東松島市
だったのです。
当然、彼の私服は昨日の写真通り、コレ。
あの日からちょうど2ヶ月経った昨日、5/11だったからなのか
彼の話はとても臨場感のあるものでした。
その時の事、少しだけ紹介しますね。
地震の後、場所によって時間差はありますが、
彼がいた東松島市には津波が押し寄せました。
彼は走ったそうです。
高台へと。
途中、履いていた下駄は脱ぎ、裸足で。
助けられるヒトは助けながら。



その後、ニュースや新聞でもよく名前が出てくる大曲小学校で
交通機関が復旧するまで彼も避難生活を送っていたのでした。
その日の夜、当然心配しているだろう家族に電話をしたそうですが
ほんの一瞬しか通話が出来ず、音信不通に。
現地では家族内での安否確認すら出来なかったくらいですもんね。
実は、彼のお兄さんは717の阪神淡路大震災の際、
神戸にいたそうで兄弟共、平成の大地震を現地で経験した事に
なります。(お母様は気が気ではなかったでしょうね…)
そして、避難所生活の時の縁で今回、
200名ほどの人達が避難生活をしている
市民センター内で鍼灸ボランティアを
させていただける運びになったのだとか。
今週末の15日から17日までアスカ君の呼びかけで
その日程に参加出来る、クラスメイトが5名集まったそうです。
個人的には避難している方々は老若男女ですから
女性鍼灸師がいるのが理想的な感じなのですが
(そこはアスカ君も感じていましたが)とにかく、
男子5名で頑張ってくるとの事。
鍼灸は身ひとつで…などと言われますが、
基本的にはそういう経験が実際あるヒトと無いヒトでは
雲泥の差でしょう。
今回のメンバー、アスカ君は訪問専門ですし、
メンバーの中にはスポーツ鍼灸の現場(野外テント)での
施術経験がある人間もいます。
現代鍼灸は(特にウチの学校は)何よりも「衛生面」が
重要視されるので、設備の整った場所でしか
施術経験が無い鍼灸師同士で行くよりは、
「鍼灸の施術場所を準備」した経験のあるヒトが
いることが望ましいと思います。
学校からはディスポのシーツを支給してもらえたとか。
そして偶然来校していた、狭山市で開業した卒業生が
彼の話を聞いていて彼が帰った後に募金してくれました。
日程的に行くことが出来ないクラスメイト達からも
募金(支度金)が集まっているようです。
もし、これをみて卒業生を応援してくださる方がいましたら
ご協力をお願いします。
20年度本科卒、
キクカワアスカ名義にて口座があります。
ぱるる
記号 10850
番号 7170311
個人的に…今年の学園祭では鍼灸ボランティアで頑張っている
卒業生の方々への募金、支援金を集めたいと考えています。
鍼はセイリンからの寄付が東北の鍼灸師会にあるそうですが、
その他は実費。
ボランティアに行く人達を支える事も支援です。
義援金は、基本的に信頼出来る団体(赤十字や赤い羽など)が
「平等」の元、被災地へ分配するのでいかんせん時間がかかります。
それ以外にちょっとブラックな話も聞いてしまったので私自身はパスなのですが…。
ですから、今回私は震災直後から、被災者の人達に
直接届くところへの支援を決めました。
そして幸いな事に目に見える「支援」が出来、続けられる環境に
います。
今後は、今相馬に行っている卒業生含む団体と、今回の
卒業達への支援も始めるつもりです。
ボランティア鍼灸師(卒業生)の支援です。
くれぐれも医療事故の無い様、細心の注意を払って
しっかり役立ってきてもらいたいです。
またご報告します。
やはり、震災ボランティアの件での来校でした。
しかし、震災後、話をした卒業生達と違っていたのは
彼自身が、あの日、あの場所で
地震に遭い、津波から逃げ、
避難所生活をしていたという事実。
何故、彼がそこにいたのか。
それは全くの偶然からでした。
腰を悪くしていた彼は手術、退院した後、
旅行に行こうと思い立ち、ノープランで東京駅にその日いました。
そして東に行くか、西に行くか。
なんとなく、勘で東に決め、
今年の3月にデビューしたばかりの新幹線、
コレに乗り、降り立ったのは仙台!
しかし、「…都会すぎるな。ちょっと違う…」
と思い直し、またしてもノープランのままローカル線で
北上してったワケです。
そしてよく分からないが適当な景色のその町に降り、
るるぶだの、旅行者用の雑誌は後で買おう、と
その町をうろうろし始めました。
そのわずか1時間後の事だったそうです。
3月11日14時46分
日本中の人間が「今の日本」を知るきっかけになった
あの瞬間が訪れたのは。
彼、私は在校中からアスカ君と呼んでいたのですが…が、
偶然降り立った町は宮城県の東松島市
だったのです。
当然、彼の私服は昨日の写真通り、コレ。
あの日からちょうど2ヶ月経った昨日、5/11だったからなのか
彼の話はとても臨場感のあるものでした。
その時の事、少しだけ紹介しますね。
地震の後、場所によって時間差はありますが、
彼がいた東松島市には津波が押し寄せました。
彼は走ったそうです。
高台へと。
途中、履いていた下駄は脱ぎ、裸足で。
助けられるヒトは助けながら。



その後、ニュースや新聞でもよく名前が出てくる大曲小学校で
交通機関が復旧するまで彼も避難生活を送っていたのでした。
その日の夜、当然心配しているだろう家族に電話をしたそうですが
ほんの一瞬しか通話が出来ず、音信不通に。
現地では家族内での安否確認すら出来なかったくらいですもんね。
実は、彼のお兄さんは717の阪神淡路大震災の際、
神戸にいたそうで兄弟共、平成の大地震を現地で経験した事に
なります。(お母様は気が気ではなかったでしょうね…)
そして、避難所生活の時の縁で今回、
200名ほどの人達が避難生活をしている
市民センター内で鍼灸ボランティアを
させていただける運びになったのだとか。
今週末の15日から17日までアスカ君の呼びかけで
その日程に参加出来る、クラスメイトが5名集まったそうです。
個人的には避難している方々は老若男女ですから
女性鍼灸師がいるのが理想的な感じなのですが
(そこはアスカ君も感じていましたが)とにかく、
男子5名で頑張ってくるとの事。
鍼灸は身ひとつで…などと言われますが、
基本的にはそういう経験が実際あるヒトと無いヒトでは
雲泥の差でしょう。
今回のメンバー、アスカ君は訪問専門ですし、
メンバーの中にはスポーツ鍼灸の現場(野外テント)での
施術経験がある人間もいます。
現代鍼灸は(特にウチの学校は)何よりも「衛生面」が
重要視されるので、設備の整った場所でしか
施術経験が無い鍼灸師同士で行くよりは、
「鍼灸の施術場所を準備」した経験のあるヒトが
いることが望ましいと思います。
学校からはディスポのシーツを支給してもらえたとか。
そして偶然来校していた、狭山市で開業した卒業生が
彼の話を聞いていて彼が帰った後に募金してくれました。
日程的に行くことが出来ないクラスメイト達からも
募金(支度金)が集まっているようです。
もし、これをみて卒業生を応援してくださる方がいましたら
ご協力をお願いします。
20年度本科卒、
キクカワアスカ名義にて口座があります。
ぱるる
記号 10850
番号 7170311
個人的に…今年の学園祭では鍼灸ボランティアで頑張っている
卒業生の方々への募金、支援金を集めたいと考えています。
鍼はセイリンからの寄付が東北の鍼灸師会にあるそうですが、
その他は実費。
ボランティアに行く人達を支える事も支援です。
義援金は、基本的に信頼出来る団体(赤十字や赤い羽など)が
「平等」の元、被災地へ分配するのでいかんせん時間がかかります。
それ以外にちょっとブラックな話も聞いてしまったので私自身はパスなのですが…。
ですから、今回私は震災直後から、被災者の人達に
直接届くところへの支援を決めました。
そして幸いな事に目に見える「支援」が出来、続けられる環境に
います。
今後は、今相馬に行っている卒業生含む団体と、今回の
卒業達への支援も始めるつもりです。
ボランティア鍼灸師(卒業生)の支援です。
くれぐれも医療事故の無い様、細心の注意を払って
しっかり役立ってきてもらいたいです。
またご報告します。

