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ボリビア到着の翌日にまずホテルの近くの銀行に両替に行きました。
1年前は両替にはパスポートの提示が必要、さらに傷がついていたり汚れていたりしたお札は
一切両替してくれませんでしたので今回はしっかりパスポート持参。またドミニカからも
綺麗なUS$札だけを持ってきました。

それでも今回はパスポートでは両替はできないと。。。。
「何を持参する必要があるのか」と聞いたらボリビア発行のCedula(身分証明書)
を提示しないと駄目だという。ボリビアのCedulaが必要とういことは
ボリビア人以外は両替できないということだ。

その国の経済や景気を見るのにこの種の銀行とのやりとりや通貨のやりとりは
ちょっとした指標になると思う。
私も10年前の経験が少なかった頃は当地の関係者の所に行き「景気はどうですか?」などという
会話をして意味の無い答えを引き出すことが多かったが(私の知る限りこの質問で
「景気がいい」と答える人は稀だ。全くあてにならない指標だということに気づくのは
大分後の話だった)
その国の動きを探るにはあちこち行って話すより
銀行でいくつかの質問をするのが一番早いと思う。

銀行はどこの国も同じで彼らは絶対に損はしないように発想している。
銀行の通貨の変更で何が行われているか見ればその国で現在本当にところ何が起こっているのか
一番わかりやすい。
またその国の銀行に行きCDの投資の話をするとその国の短・中期の状況もとてもよくわかるだろう。
今、中央銀行が何をしているのかもその国の動きを見るのにも重要だ


そしてここボリビアですが、
ボリビアの通貨の為替管理は年々ひどくなる一方で政府の関与は強まる一方に感じる。
外国人には自由に通貨移動をさせない方針なのだ。
ボリビアでは資源も国有化しており、海外の資本化の排他性もひどいもので多くの外国人
資本家が逃げ出したために「本来は有数の産業になる」可能性が十分にあるボリビアのコーヒーや
ワインなどもポテンシャルほどの輸出力はないのが現状だ。

1年前にはハチミツの生産をしているがボリビアの将来を懸念して研究&生産工場を
ペルーに移した1人の男の様子を書いたがこういう勇気ある資本家は次々と
海外に移動する準備を進めているのが現状だ。

政府が通貨の為替管理をする理由は国内の外貨準備高を減らしたくないという
理由があると思う。それでも健全な外貨を稼ぐ手段として本来もっとも重要なのは
「海外の通貨を得るために自国の競争力のある商品を育てて海外に売る」という
ことなのだ。日本でもアメリカのドルを手に入れるためにすることはトヨタの車を
アメリカに販売することでありまた将来性のある事業をいかに育てるかが
とても大事だ。
それをせずに為替管理政策や規制ををすることで逆に海外の資本家、投資家は逃げ出し、
自国の産業も育たないのでは本末転倒でありボリビア政府はいまだにこのことを
理解できない。

為替管理政策を行えば必ず人々は資金の国外持ち出しをし始める。
政府がそれを阻止しようといしても結局の所、通貨の密輸が行われ始めることになる。
ボリビアの富裕層は土地や工場を売却し始めて、それらは骨董品や絵画、金やダイヤモンドに変わり
国外に持ち出されていくのだ。
そして誰もそんな国に資金を密輸入しようとしないだろう。
ボリビアでは安価で競争力もある良質なコーヒー豆がとれるそうだが
生産でもいまだにその焙煎をする工場が少ないのだという。
日本のコーヒーでボリビアに進出してくれる工場がないのかという質問をある人にされたが
「資金をボリビアに入れるのに密輸入しないといけないような国には怖くて資金を出せないよ、
また国の方針で投資した工場を突然国にとられてしまったら泣くに泣けない、そんな国に
投資する投資家は稀だ」という会話があった。

中南米の多くの国は過去の何十年間の失敗で為替の管理や規制、独裁が多くの問題を招いて
多額の資本を逃して自国の発展を遅らせたことに気づいて現在はその教訓から学び、
多くの中南米諸国は発展の道を歩み始めている。中南米の多くの国は今は将来性があり
米国の語学勉強の人気No.1がスペイン語だそうだ。
資本の移動を自由にすれば多額の資本が流出するかもしれないがそれを補って
余りある資本の移動も起こるのだ。

産業や資源のポテンシャルは南米の中で有数でありボリビアの別名は
「黄金の上にすわる乞食」なのだそうだ。
そんな微妙な名前を持つボリビアがどのタイミングで変わるのか多くの
人たちが見ているがこの国の現実を見ると発展までの道はまだ遠い気がする。












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やってきたのはラパスにあるバスのターミナル内の両替所。
ここで両替をしてくれるという。しかも公定レートよりもやや割高で替えてくれるとボリビア人
達に教わりやってきた。
ボリビアではこの種の公定レートとは異なるレートでの通貨の流通がすでに行われはじめているようだ。
ヤミ市と公定レートの差は現在のボリビア政府の動きを表している。
銀行で1ドルが6.9ボリビアーノスでヤミのレートが8.9ボリビアーノスであれば
政府は国民に自国の通貨を押し付けようとして、世界市場で相場が変動するのを
嫌っていることになりその国に通貨の規制や輸入税の増額、輸出規制がある可能性が極めて
高いのだ。(ちなみに現在のヤミレートは公定レートとそこまでかけ離れているわけではないので
重症ではない)
こういうヤミ市場が存在するのはいいことではない。海外の資本家や投資家が仮に
ボリビアで利益を上げてもいつでもUS$に持ち替えて戻すことができないのであれば
投資の意味が無いからだ。

過去には中南米の多くの国ではこの種の規制が多く行われておりその度に多くのラテンアメリカの
富裕層達は資金の逃げ道を探して右往左往したのだ。
現在は南米のウルグアイはラテンアメリカの「スイス」と言われていてここは
富裕層たちには貴重な資金の逃げ場となっているそうだ。
私は以前の会社員時代に、マイアミの某車メーカーの会議でウルグアイのディーラーと
食事の席で同席したことがある。

http://blogs.yahoo.co.jp/skpanic/39866499.html

たいした産業もなく人口もわずかなウルグアイのような小国がなぜ南米で存在
しているのかわかりづらかったので彼らに「ウルグアイは何で飯を食っているのか」
と聞いたら彼らはひとこと「銀行業だよ」という答えだった。
ウルグアイの首都・モンテビデオは欧米の各国の銀行があり周辺のブラジルやチリ、
コロンビアなどの大国の支配層の意向があるそうで
当時のラテンアメリカの国々が通貨規制をする中で、隣人達はスーツケースに現金や
ダイヤモンド、絵画を詰め込んでウルグアイに運んだのだ。
ラテンアメリカの人たちがいかにお金を安全においておける場所に困っていたかを
反映しているような国がウルグアイですが
ラテンアメリカの多くの人は貯金をあまりしない習慣があるがこれは長年こちらにいると
彼らが怠惰なだけではなく実質的に貯金のリスクが高すぎるからだというのがわかる。

それでも今日では海外旅行も一般的であり、電信送金も一般的、情報もインターネットで
飛び回るようなったので通貨規制を強要すること自体が1970年代と比較しても
あまりにも困難と言えるのではないだろうか。
ボリビアでとれる「金」を通貨に替えてスイスに運び、スイスでフランクミューラーの
時計に替えて今度はその時計をマイアミに運びドルと交換できるのが今の時代だ。
20世紀の経済学の主要なテーマが為替管理による資本制限だったとしても
21世紀という時代は最大の違いは人、物、情報、金のあらゆるものが
国境を越えて飛躍的に移動を増やす時代になったというのを
ボリビアの先住民の代表にはまだ見えてないようだ。
いつかボリビアの大統領がSkypeで海外と連絡をとりTwitterに
書き込みをするようになればこの国の産業は加速するだろう。










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ここラパスのバスターミナルでは様々な人が行きかっていて面白かった。
バックパッカー達がたくさんいて
彼らはここから出るバスに乗りペルーなどへの国境を越えていくのだそうだ。
有名なウユニ塩湖へのバスもたくさん出ていて欧米から来たようなバックパッカー達は
息を呑むような景観が見れるウユニ塩湖への旅に心を躍らせていた。











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バスターミナルの帰りに大統領・エボモラレスの家を見せてくれた。
これは後ろ側ですが家の前は護衛でびっしりうまっていた。











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この日もラパスの日本食堂「けんちゃん」へ。
週末ということもあり席は満席でした。
この日食べたのはトゥルーチャ定食。
トゥルーチャはボリビアのチチカカ湖でとれる魚で鮭みたいな
色と食感で日本人好みでとても美味しい。

↓(これがチチカカ湖)
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