歌仙、連句駆け出しの筆者が、錚々たる連衆の歌仙を解説するのもおこがましいが、勉強の意味で紹介してみよう。
昭和19年12月8日、開戦記念日に明治神宮へ奉献したもので、
柳田國男が委員長をしていた「日本文学会報国会俳句部会連句委員会」という団体が時の戦争を翼賛したものであろう。
委員長 柳田國男、指導 高濱虚子の名が上がっている。
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明治神宮奉献連句
表(オ)
発句 唯祈る月明くとも暗くとも 虚子
脇 その盛り待つ黄菊白菊 柳叟
第三 めぐらせる山々も亦粧ひて 月草
高濱虚子の発句である。季節は秋の月。
戦地の将兵も同じ月を見ているという思いだろうか、戦捷を祈って発句としている。
柳田國雄、柳叟が脇の句を同じ秋の菊の盛りを待つと発句に寄り添って付けた。
第三は、伊藤月草。 同じく秋のふるさとの山の紅葉を詠んでいる。
第三はがらりと転ずるのが普通だが、大きな発句の余韻を残して余り転じていない。
式目に余り捉われないのか、発句が秋の月の句の場合のルールーなのか?
表(オ)
四 大きな籠を抱え来る人 漾人
五 望まれて昔のことを語り草 同
折端 思ひ立ちつつ紙帳つくろふ 虚子
その代わりに、オ四、オ五で、佐藤漾人ががらりと風景を変えた。
何に五使う籠かが分からない。籠を持って松茸でもとりに山へ入ろうというのか。
籠をもってきた人は老人で、昔話が始まる。日清、日露戦争のことかもしれない、遠野物語(柳田國男著)の取材のことかもしれない。
虚子がその話を記録しようと紙帳を繕う人を詠んで「表六句」になる。
こうして歌仙はどんどん物語を展開していく。この辺が歌仙の面白いところだ。
裏(ウ)
折立 ぞろぞろと鼠の殖えしきのうけふ 月草
二 何かにつけてかばう嫂 漾人
三 似合はぬと知りても派手の戀衣 喜太郎
四 菌採りかや打ち連れて行く 月草
五 ここにきて覺えし花は鳥かぶと 正一郎
六 アイヌの老とエトロフの月 虚子
ウ折立、生めよ殖やせよの時代を言っているか。嫂(あによめ)がいる大家族が見える。
真下喜太郎のウ三は恋の句である。
四句目で、月草が恋衣を着て、多勢連れて菌(きのこ)採りへ出かけるのだが、銃後の生活なの思い切って派手に遊んでいるがにこれでよいのだろうか、心配になる。
深川正一郎は、きのこ採りに森へ入って初めて紫の花をつける「鳥かぶと」を知ったと転ずる。
虚子の裏六句目は実にしみじみと前句を受けて、北の秋を歌っている。
連句はこうして、前の句とオーバーラップさせながら進めて行く。
前後の二句づつの組として鑑賞をしていくと面白く感じられる。
そして、芭蕉が「三十六歩帰る心なし」と言うように、常に新しい展開を心がけていくことが、連句の楽しさであり出来の良し悪しであるようだ。
前の句や情感に戻らないということだ。
裏四句目で、茸採りが出てきたから、表四句の「籠」はきのこ用の籠ではなかった。
裏(ウ)
七 船着かぬ日は人通りなきことも 月草
八 いひ譯きかぬ子を叱る聲 漾人
九 くらまぎれ篠つく如き雨の中 同
十 生臭ものを寺に持ち込む 喜太郎
十一 とりどりに草履なまめく花の客 迢空
折端 比叡の方より春の神鳴 喜太郎
ウ七から折端までバンバンと展開していく。軽快である。
ウ十一で、歌人で有名な釈迢空(折口信夫)が登場している。
花見の人の草履がなまめくという感性はさすがのものである。
ゆっくり鑑賞したいところでもある。ここでも前後の二句を組で鑑賞すると展開が面白い。
名残の表(ナオ)
折立 近江路は菜の花畑の土ほこり 柳叟
二 眉目何となく品のある馬士 漾人
三 うき人の顔に提灯ふりかざし 同
四 今は白痴の子を守りて住む 年尾
五 村中に澤庵匂ふ頃となり 月草
六 ゆかりが無くて訪ね來る客 正一郎
折立の句はウ折端を受けて読むと比叡から近江路へ景が拡がって展開する。
馬士が現れて、ふざけて提灯を振り回す。
そんなふざける人も今は障害のある子供の面倒を見ている。
年尾は、高濱虚子の長男である。
そんな村も暖かくなり沢庵が匂いだす。
浮かれた季節になるのか突然庭を見せてくれというような訪問客も現われて、のんびりした風景だ。のんびりした客は貸本屋の客だったことが次の句で分かる。
名残の表(ナオ)
七 貸本屋上がり框に話し込み 虚子
八 敵を追ひて掛川の宿 同
九 よろこべば白髪の面美しく 正一郎
十 月の床几にがくと仰向き 年尾
十一 上野なる蓑蟲庵の秋いづこ 漾人
折端 夢は覺めがち露霜を聴く 月草
当然来訪したのは稀書探しのマニアだった。主人とウマが合い話し込む。
掛川へ敵を追いかけるのは誰だろう。徳川と武田の敵対か?
史実でなくても貸し本屋にある漫画の主人公でもよい。
芽出度く敵討ちを果たした暁には髪は真っ白、満面の笑み。
ふと気がつくと、それは邯鄲の夢。時刻もはや月が出る頃となっていたのである。
さてそれではと気を取り直して、上野の蓑蟲庵へでも酔い覚ましの月見にでも出かけるか。
蓑蟲の音を聞きにこよ草の庵 芭蕉 がある。
折端では、月草が、ああ、人生短く学成り難きもの・・・、慨嘆している。
名残の裏(ナウ)
折立 うちたへて鼓しらぶることもなし 月草
二 鐡兜負ひ並びてぞ行く 漾人
三 ぬかるみに映る火の手のすぐ消えて 年尾
四 ひとすぢの道よし遠くとも 月草
五 國の花今を盛りに咲きみてり 漾人
挙句 この慶びにかなひたる春 正一郎
さていよいよ、名残の裏六句である。
このころはすっかり鼓を打つというような風流はしなくなった。
今は鉄兜で戦争一途の世だ。ぬかるみを超え一筋の道を歩むのみだ。
歌仙では、挙句の前句は花の座とし、挙句も春の季節を詠って締めるルールがあり、そのとおりに国の花というべき桜の満開の季節を詠い、挙句でその快挙の春になって終る。
国策の文芸の臭いがする歌仙であり時代をまさに反映している。
途中では随分と自由の遊んではしゃいでいるが、名残の裏にかけて本来の趣旨へ収束させようと連中の配慮が見える。
発句の「唯祈る月明くとも暗くとも 虚子」と対応させて、挙句は、「この慶びにかなひたる春 正一郎」と静かにハッピーエンドの春で締めくくって、三十六句一巻を巻き上げている。