宮崎の口蹄疫は10日現在、67農場に拡大。
処分対象も7万6852頭に拡大。
川南町では、牛、豚飼育頭数の5割以上が殺処分の対象となった。

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夏目漱石 西園寺公望、巨頭ふたりにこんな関係があるとは知らなかった。

夏目漱石にこんな句がある。
杜鵑(ほととぎす)厠なかばにでかねたり  漱石
ホトトギスが鳴いている。ついその鳴声に聞き惚れてトイレから出損ねた。
時の首相、西園寺公望公が小説に関するお話を聞きたいと当時の著名な
文士20人に招待状を出した。
森鴎外、幸田露伴、泉鏡花、徳田秋声、島崎藤村、国木田独歩、田山花袋・・・。
ところが、坪内逍遥、二葉亭四迷と当時、我輩は猫であるで人気を博し朝日
新聞に入社して最初の新聞小説「虞美人草」を執筆していた夏目漱石の3人
は拒わった。

残る17人の文士は3日に分けて西園寺邸で日本橋の「常盤屋」の出張料理
を食しながら歓談したという。
時に、1907年(明治40年)6月17日~19日であったという。
 当時の新聞にその漱石の断り状を記事にしてこう紹介している。
「其簡は陶庵候(西園寺公のこと)の俳句の造詣深きを識れるを以って左の
一句をもって是を結べりとぞ」と、上掲の句を書いているのである。

公をホトトギスに見立てて、野暮用を理由に断わったという辛らつなユーモア
にも聞えてくる。
 
料理は、本膳に吸物(石鰈、火取り、根芋)、口取り(鯛の昆布〆、車海老の
雲丹焼、隠元の青煮)、刺身(おこぜの湯ぶり、独活うど)、鉢肴(鮎の塩焼、
蓼酢)茶碗(すっぽん)、中皿(南瓜五目煮)、取肴(生貝塩蒸、青唐辛子焼)
会席に向(鯵、山葵 甘酢)汁(ジュンサイ、水芥子)飯、椀(蕎麦切豆腐)、
焼肴(鱚の醤油干)、漬物(白瓜、茄子)酒に日本酒、シャンパンという
案内状の粗餐とは遠い豪華なものであったそうな。

そして、漱石出席予定の二日目の会席のイベントで寄せ書きをした。
その中に、西園寺公は次の句を記して漱石の不在を残念がっていたと、
巌谷小波談で伝えている由。
まつ甲斐の姿をみたり時鳥  西園寺公望